イラストレーター・信濃八太郎が行く 【単館映画館、あちらこちら】 〜「京都みなみ会館」〜
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イラストレーター・信濃八太郎が行く 【単館映画館、あちらこちら】 〜「京都みなみ会館」〜

WOWOW
名画や良作を上映し続けている全国の映画館を、WOWOWシネマ「W座からの招待状」でおなじみのイラストレーター、信濃八太郎が訪問。それぞれの町と各映画館の関係や各映画館の歴史を紹介する、映画ファンなら絶対に見逃せないオリジナル番組「W座を訪ねて~信濃八太郎が行く~」。noteでは、番組では伝え切れなかった想いを文と絵で綴る信濃による書き下ろしエッセイをお届けします。今回は「京都みなみ会館」を訪れた時の思い出を綴ります。

文・絵=信濃八太郎

京都の映画館を訪ねる

 「三条へ行かなくちゃ 三条堺町のイノダっていうコーヒー屋へね」

 京都に来るたびに高田渡の歌声が脳内で再生される。「コーヒーブルース」。どうということを歌っているわけでもないのに、これがとても行きたくなる。こういう表現が出来たらと、聴くたびに思う。

 せっかく早起きしたので取材の前にイノダコーヒー本店まで行って朝ごはんを食べようと思いついた。京都駅から地下鉄に乗り烏丸御池駅で下車して歩く。七時過ぎには無事に店の前までたどり着いたのだけれど、あらま、すでに外まで行列が出来ている。いくら人気店でも211席もあるっていうんだから大丈夫だろうと思っていたが甘かった。ここは世界中から観光客が集まってくる街なのだ。あっさり諦めて歩き出す。戻る道々、どこかで朝食をとろう。

 通学時間となり、冬の朝の道は元気に登校する小学生たちでいっぱいだ。皆いわゆる黄や紺の通学帽とは違う、ローマ字で学校名が入ったキャップ形のおしゃれな校帽をかぶって、昔ながらの町家の前を歩いていく。「おはようございます!」と、落ち葉かきをする大人と挨拶を交わす。たったそれだけの風景で旅に来た気分がいや増す。

 一時間ほど歩いて京都駅まで戻ってきたタイミングで、開店時間が本店より遅いイノダコーヒーの支店が開いて、今度はすんなり入れた。宿泊しているホテルのすぐ足元である。このもやもやした気持ちをどう言えば良いのだろう。得したのか損したのか、まあいいか。歩き疲れて冷えた身体に、熱いコーヒーが沁み入る。すっきりしているのにあとから苦味もきてとても美味しい。ロールパンに海老フライがはさまったモーニングセットも美味しくいただき、ほっと人心地ついたところで昨日のことを振り返ってみる。

 「京都みなみ会館」には昨日、夕方四時頃に着いた。取材に備え事前に映画を観ておきたかったので、六時から始まるジム・ジャームッシュ監督作『ミステリー・トレイン』(’89)のチケットを買い、待つ間に外観のスケッチを進めておくことにした。この仕事をいただくまで、街中でスケッチだなんて恥ずかしいという気分があったのだけれど、カメラの単眼で写しとられたものと自分の両の目でバランスを取りながら捉えたものでは見え方がまったく違う。そんなわけで写真は役に立たないため、しっかりその場で仕上げてこないことには仕事にならない。

 スケッチブックと青インクのペンを持ってじっくり「みなみ会館」と向かい合う。筆を進めながら聞こえてくる京都の人々の言葉はとても柔らかい。

 ここから少し西に歩けばすぐ東寺で、その向こうに夕日は沈む。全てがあかね色に染まるような気持ち良い時間。寝床に帰るカラスの鳴き声まで、どこか柔らかく優雅に聞こえてくるようだ。いつもの「勝手な思い込み」のような気もするけれど。

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 映画館のなかからスタッフの皆さんが出てきた。外に置かれたテーブルを囲んで話し合いを始める。少しだけ届く会話から察するに、これからの上映作品のラインナップを話し合っているようだ。「もっと幅広い層の人に...」なんて聞こえてくる夕暮れの屋外ミーティング。なんだかとてもいいなぁ。白石和彌監督の『止められるか、俺たちを』(’18)にもこんなワンシーンがあったっけ。暗くなってしまう前のマジックアワーに、とても美しいものを見た。間もなく夜が来て絵を描くこともできなくなった。

 『ミステリー・トレイン』は米国メンフィスを舞台に、同じ日に同じホテルに泊まることになった、三組の登場人物たちによる三編のオムニバス作品だ。永瀬正敏さんと工藤夕貴さんが演じる、横浜からやって来たカップルの「ファー・フロム・ヨコハマ」編が強烈だ。見知らぬ町へ来たはずなのに、大好きな音楽への憧れがそんな戸惑いをどこかへやってしまう。英語なんか話せなくたって、堂々と自分らしくあればいい。誰にも負けない好きなものがあるんだから。そんな二人の旅に、初めて観た学生時代、とても魅了された。テレビ画面でしか観たことがなかったのだけれど、臨場感あふれる列車の音や数々の名曲、やはり音の良い劇場で、大きなスクリーンで観るべき作品だ。ラジオDJとして声の出演をしているトム・ウェイツが深夜、こういう時間に一番ふさわしい曲だとエルビス・プレスリーの『ブルー・ムーン』をかけるシーンが、三編をつなぐ形で描かれる。三回も聴いてしまってはたまらない。帰りに劇場そばのブックオフに寄ってレコードコーナーを探してみたら、プレスリーの『ブルー・ハワイ』があった。ブルーしか合ってない。だけどまあこれも何かの縁かと買って帰る。480円のブルーな宝物。九条通りにかかる歩道橋から見上げた空にはきれいな月が出ていた。

 さて、朝のコーヒータイムもそろそろ切り上げねば。まだスケッチが終わってないので、番組制作チームの皆さんが来るまでに出来るだけ進めておこう。今日も良い天気になりそうだ。映画館に到着し、昨日の続きに取りかかった。

劇場の灯りを消さないように

 「京都みなみ会館」は1963年創業の映画館で、おおよそ60年の長い歴史を持つ。現在の館長、吉田由利香さんは京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)卒業と同時に入社。勤め始めて二年後の24歳の時に、早くも館長になられたのだそうだ。どういったわけでそんな若い人が館長を務めることになったのだろう。

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 「入社当初は受付や映写係、もぎりなどもやっていました。二年ほど経った時に前の館長が急に辞めることになりまして、どうしようとなった時に手を挙げたんです。館長の仕事がどういうものか全くわからないにもかかわらず(笑)」

 たいへんな度胸である。逆に何も知らないからこそ挙げられた手だったんじゃないかとも思える。

 「あれから今日まであっという間の10年でした。何も知らなかったものですから、いろんな人たちを怒らせてしまったり、優しく教えていただくこともあったり。本当に毎日がたいへんで一日たりとも安定した時がなかったです」

 そんな吉田さんの支えとなったのが、今でも続いている関西の映画館の横の繋がりなのだそうだ。

 「シネ・ヌーヴォ(大阪)の山崎紀子さんや、元町映画館(神戸)の林未来さんはじめ、各劇場の支配人の皆さんとは日常的に連絡を取り合っているんです。いつも悩みを聞いてもらったり、応援していただいたり。今回のコロナ禍でも、劇場を閉めなくてはならなくなった時にみんなで一緒に何か出来ないかという話になりまして、Tシャツを作ることになりました。柄はこんな感じでどうですかって私がさらっと描いたものが、これシンプルでいいじゃないと採用されることになったんです。100枚も売れたら良いね、なんて話してたらなんと17,000枚も買っていただき、本当に助かりました。ちなみにまだ販売中です(笑)」

 前面にスクリーンと客席がシンプルな線画で表現されている。客席は波のようにも見えるよう描かれていて、スクリーンには「SAVE OUR LOCAL CINEMAS」の一文。可愛らしくも力強い素敵なデザインだ。背面には関西の映画館13館の劇場名ロゴが記されている。ただ仲良く繋がっているというのではなく、関西圏から文化の灯りを消してはならないという13の映画館主たちの決意を感じた。

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 「そうなんです、良いライバルでもありますが良い仲間でもあるんです。皆で相談して同じ作品の公開日を揃えることで、舞台挨拶ツアーで巡ってもらえないかお願いすることも出来ますし、またチラシを共通で作ったりもしています」

 ちょうど伺った時にも怪獣特撮映画を京都みなみ会館、シネ・ヌーヴォ、元町映画館の京阪神三館で特集上映する案内が出ていた。全六作品、三館巡ってコンプリートしたらきっと忘れられない記憶になるだろう。『三都決戦』と大描きされた三館共通のチラシのデザインにも力が入っていた。

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伝統を引き継ぐ文化

 絵を描きながら、金属が多用された建物外観の美しさ、新しさに魅かれた。長らく「京都みなみ会館」は今の場所から通りを挟んだ向こう側にあったそうで、建物の老朽化に伴い2018年3月に一度閉館し、こちらに新築されたのだそうだ。リニューアルオープンは2019年8月。新しくなったこの建物についてお話を伺う。

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 「親会社が巖本金属という金属を扱う会社なもので、デザイナーさんからはメタリックなイメージにしたいと話がありお任せしました。それまでの1スクリーンから3スクリーンの劇場に生まれ変わったのですが、一番大きなスクリーン1に関しては、どうしても旧館時代の思い入れが強かったもので、昔のままの空間を再現してくださいと、そこだけ強くお願いしました」

 案内されて中に入ると、客席は前後というよりは横に広く、後ろの方の席でもスクリーンまで遠い感じがしない。段差もしっかり取られているので、前の人の頭が気になるということもない。赤いシートが目に眩しい。

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 「はい、これは旧館時代の印象のままなんです。壁が水色で床は青、椅子と緞帳は赤い色。普通、映画館の壁って反射が映り込まないように黒とかグレーの色が多いんですが、うちは水色だったんですよ。それがとっても可愛くて!」

 と、愛情たっぷりに語ってくださる吉田さんのご様子につられてこちらも笑顔になる。

 「昔は緞帳に京都みなみ会館と、金色の刺繍がされていたんですが、今回、天井高の都合でそこは再現が出来ず、替わりに同じフォントでかたどってメタルのロゴを作ってもらいました。天井にかかっているんですが、昔の劇場を知ってるお客さまが気付くと喜ばれてます。あ、ある。って(笑)」

 (小山)薫堂さんが、副学長を務める京都芸術大学のHPにて「京都市は、人口の10人に1人が大学生というまさに学生の街」と書かれている。「みなみ会館」の長い歴史のなかで、ここで学生時代、青春時代を過ごした人たちの思いが、新しく生まれ変わったこの空間にもきちんと引き継がれている。

 「それは本当に感じました。京都ってそういう街なんですよね。前の劇場を閉めないといけないとなった時、閉館のお知らせを出したのですが、その反響がすごく大きかったんです。京都で青春時代を過ごした皆さんが、その後、日本全国のいろんな所に行って、いま過ごしてらっしゃる。北海道、九州、東京…。学生時代によく通っていた思い出の映画館ですと、全国からたくさんのメッセージをいただいて感動しました」

 脳裏に昨日の夕方に見た「屋外ミーティング」の光景が浮かぶ。

 「あ、ちょうど天気も良かったので外でやろうかって。昨日はうちのスタッフっていうわけではなくて、一緒に怪獣特撮上映の企画を考えてくれてる人たちだったんですけどね」

 怪獣特撮映画については特集上映の案内も出ているけれど、この劇場の特徴なのだろうか。

 「うちは本当にいろんな作品をかけてます。怪獣映画の後にフランス映画をやったり。午前中に来てみたらドキュメンタリーをやってたり。お客さまそれぞれの『みなみ会館といえば』というのがすべて違っていると思います。その感じに一つずつ答えていきたいと思ってるもので、そうなるとぐちゃぐちゃにもなっていきますよね(笑)」

 個性というのはそういう風に自然に形作られていくものだと思うし、それが吉田さんにもこの場所にもとてもよく似合っているように感じられた。

 「怪獣特撮映画に関して言えば、開館50周年の時に、一年を通してなにか出来ないかという話が出たのですが、その年にたまたまゴジラが60周年だったんです。じゃあ合同で毎月やってみましょうかとなって、気づいたら七年くらいやってますね。毎年12月には「年内怪獣納め」みたいなオールナイト上映もやってまして、それこそ全国から楽しみに来られる熱心なお客さまがいらっしゃいます。ここで皆さま再会されて友情が育まれていってるご様子は、見ていてとても楽しいですね」

映画から受けるインパクトは宝物

 映画はひとりで観るのも楽しいけれど、観終わった感動や感激が身体に残るうちに誰かと話し合うのも良い時間だ。そんな時にお酒の一杯でもあったら尚楽しい。吉田さんに「日本酒が好きなんですが」と、帰り道に寄るのにオススメの場所を伺ってみたところ「東寺のかえる」というお店を教えていただいた。

 「夜しか開いてないんですけど、いろんなお酒とごはんが楽しめます。カレーもとっても美味しいんですよ」

 カレーと日本酒の組み合わせといったら安西水丸先生の名言がある。
 「カレーはお米と合わせるものなのだから、お米で出来ている日本酒に合わないわけがない。なんでカレーの美味しいお店に、美味しい日本酒を置いてないのか」
かれこれ10年ほど前だったか、聞いた当初は「?」という気もしたけれど、先生は至って真剣だ。美味しいカレーを出す店と出会うと熱心に日本酒を置いたらどうかと勧めていらした。今では結構いろいろな場所で楽しめる。

 お話を伺うなかで’89年作の『ミステリー・トレイン』と吉田さんが、ほぼ同い年ということに気づいた。僕にとってジャームッシュ作品は、初めて出会った学生時代から、今の自分を形作るのに多大な影響を与えてくれたものだけれど、ひと回り以上も年下の吉田さんの目にはどう映るのだろう? 「おじさんおばさんの青春映画」みたいな感じだったりして。

 「いえいえ、作品に古い新しいはありません。だけど感受性は放っておけば古びていくものかもしれません。それだけに若い時に劇場でもらったインパクトって、生涯の宝物になっていくと思うんです。『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』(’71)はご覧になったことありますか。ハル・アシュビー監督の作品なんですが、自殺願望のある少年ハロルドが80歳のお婆さんモードに恋をするんです。劇場で働くようになってリバイバルで観たのですが、モードが本当に自由で! こんな風に生きてみたいと強烈に思ったんです」

 まだ未見だったこの作品を東京に帰ってきてから観た。社会性や常識、倫理観といった押し付けの「ワク」に抑え込まれることなく、自分の感性に忠実に生きるモードの語りかけに、吉田さんが重なる。

 「いけ相棒! 懸命に生きるのよ、生きがいを求めて! じゃなきゃ面白味のない人間になっちまう!」

信濃八太郎さんプロフ

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