イラストレーター・信濃八太郎が行く 【単館映画館、あちらこちら】 〜「萩ツインシネマ」(山口・萩)〜
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イラストレーター・信濃八太郎が行く 【単館映画館、あちらこちら】 〜「萩ツインシネマ」(山口・萩)〜

WOWOW
名画や良作を上映し続けている全国の映画館を、WOWOWシネマ「W座からの招待状」でおなじみのイラストレーター、信濃八太郎が訪問。それぞれの町と各映画館の関係や歴史を紹介する、映画ファンなら絶対に見逃せないオリジナル番組「W座を訪ねて~信濃八太郎が行く~」。noteでは、番組では伝え切れなかった想いを文と絵で綴る信濃による書き下ろしエッセイをお届けします。今回は山口・萩の「萩ツインシネマ」を訪れた時の思い出を綴ります。

文・絵=信濃八太郎

番組と安西先生がつないだ縁

 とてもありがたいことに「W座からの招待状」を担当させていただくようになって、知らない方から「番組を観て」とメールをいただくことが増えた。

 月に一度の収録に臨む際には、しっかり準備はしていくのだけれど、カチンコが鳴ればあとは小山薫堂さんとふたり、その場の流れでお話しするという感じなので、何度やっても慣れることがないまま、この4月から6年目に入っている。毎回自分のふがいなさに肩を落としては、安西水丸先生の「普通は『反省すれども後悔せず』っていうけれど、ぼくは『後悔すれども反省せず』でやってきた」との言葉を記憶の底から引っ張り出して、無理やり自分を鼓舞する収録後の帰り道である。

 そんなわけでたまにいただくメールで素敵なご感想を聞かせてもらうと、心からうれしくなる。
 ある日、山口の萩で長年「village」というジャズ喫茶をやっている、増本さんという方からこんな書き出しでメールをいただいた。
 「初めまして。突然のメールで失礼します。私、安西水丸さんのファン(ガロの時代から)で、WOWOWの『W座からの招待状』で水丸さんを発見したときは狂喜乱舞しました」

 続けて、初回から皆勤賞ですべて観て、ブルーレイに残していらっしゃることや、過去の「招待状」で気に入っている作品のことなど、熱く番組へのご感想を寄せてくださり、ぼくが担当するようになってからは、たまに水丸さんの話が出るのがうれしいというお言葉をいただいた。
 ぼくも安西先生への想いなど率直な気持ちを書いてお返事し、以来、増本さんとは「メル友」になった。

 いつも「W座」映画のご感想や、40年もの長い間、お店でライブをしてきた世界中のジャズミュージシャンたちとのご交流などを書いてくださって楽しい。自家焙煎されているコーヒー豆も定期的に購入させてもらっていて、今も飲みながらこの文章を書いている。すっきりしているのに香り高く、頭も冴え渡る(当社比です)。番組が、先生が、つないでくださったご縁である。

 今回何人かの方から萩ツインシネマへのリクエストをいただいた。増本さんもそのおひとり。取材のなかでvillageに伺いたいことを番組スタッフにも了解してもらい、ますます楽しみな旅になった。

萩ツインシネマへ

 萩といえば長州藩の城下町。松陰神社や松下村塾など、幕末から明治維新にかけて活躍した志士たちの史跡があちらこちらに今も残っている。そんな風景のなかに立つと、歴史と地続きであることを足元から感じ、角の向こうから吉田松陰や高杉晋作が出てきそうな気すらしてくる。どうしてか自分が襲われるところを想像してしまい、鳥肌が立った。

 映画館の通り向かいに場所を定めてスケッチを始める。よく晴れた平日の午後でとても静かだ。2時間ほど描いていたら「あら、まだ描いてらっしゃったのね」と通りすがりに声を掛けてくださる方がいた。
 「この町で育ったんですけれど、ツインシネマは、私が子どもの頃は1階にハンバーガー屋さんがあって、注文しておくと映画館の中、自分の座席まで出来たてを届けてくれたんですよ」
 これぞまさに映画館でしか味わえない鑑賞体験、なんとも素敵な話じゃないか。町の子どもたちにとって何よりぜいたくな時間だったろうなぁとよだれを垂らして想像を膨らませている間に、その時に何をご覧になったのか、うっかり聞きそびれてしまった。

 映画を観るだけなら家でも、それこそ移動中ですら、できるような今の時代にこそ、こんな体験をさせてあげられると良いのにと、わが家の子どもたちのことを思った。あの映画館で観たあの作品と、あの味の記憶。何十年先にも思い出せる特別な2時間になるだろう。

 スケッチが一段落したところで、明日取材を受けていただく支配人の柴田寿美子さんにごあいさつをする。柴田さんはおとなり島根のご出身で、萩の方とご結婚し、この町にやって来たのだそうだ。準備のためちょっと調べただけでも、萩ツインシネマ支配人としてのお仕事のほか、家業であるお花の農家、高校の家庭科教師、居酒屋アルバイト、さらに映画作品のプロデューサーまでやられていることを知る。
 「この映画館は、萩コミュニティシネマというNPO法人が運営していて、みんな基本的にボランティアなので、続けていくためにも他で稼いでこないと…」
 と笑って仰る柴田さん。

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 「結婚して引っ越してきて、この萩という町の魅力に惹かれたんですね。映画のことなんて何も知らないのに、ボランティアでツインシネマの活動に参加し始めたのも、この町を楽しくしたい、盛り上げたいという思いからだったんです。パートナーには、絶対迷惑掛けませんっていう約束で映画館のお手伝いを始めました」

 「下積みの立場から20年間活動してきて、町の人たちとのつながりもたくさんできました。ありがたいことにあちこちからお声掛けいただくことが増え、それで映画館以外のこともお手伝いする機会が増えたんです。うれしくて、ご褒美みたいな気持ちでやらせてもらってます」

 そのお気持ちと持ち前の行動力が実を結び、2021年には萩を舞台にした映画作品までプロデュースして作られた。
 『ハッピーバースデー』という作品で、高校1年生のマリ、義理の兄カイ、マリの育ての父コウタロウ、血縁のない三人が衝突し合いながらも探す「家族」の姿が、それぞれの視点から描かれる。全編萩でロケ撮影され、この町の魅力もたくさん画面にあふれていた。
 「勤めてた学校の校長先生にお願いして、みんな総動員して(笑)。主役の女の子もすぐそこに住んでる子で、本当に町のみんなで作ったという作品です」

 「老いも若きも、町の皆が集まって何か一つのものを作り上げる」というと、全国各地に残るお祭りだったり、先日、Shimane Cinema ONOZAWAにて拝見した映画『高津川』でも描かれた神楽のような舞や、踊りや芝居と、芸事とのつながりは古くからあるわけで、「皆で映画を作る」というのは、現代の祭事とでもいおうか、とても良いアイデアじゃないかと思った。

 以前、俳優の中嶋しゅうさんからイギリスの演劇公演についてお話を聞かせていただいた。完成まで仕上がった作品を「どうだ」と上演するのではなく、画でいえばスケッチのような段階から、まずは地方の小さな町で始めるのだそうだ。観た人たちの意見や感想を作品に取り入れて、ブラッシュアップしていき、少しずつ大きな町(劇場)に移動、最終的にロンドンを目指すという、時間もお金もかかるスタイルと伺った。
 「時代を超えた長年のそういう活動がイギリスの演劇文化の根幹にはある。作品をただ観にくるんじゃなくて、お客さんも一緒になって育てていくんだね」

 柴田さんの『ハッピーバースデー』での取り組みに、しゅうさんのそんな言葉をふっと思い出した。関わった人たちにとって、映画はぐっと身近なものになったことだろう。

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大胆さと繊細さのグラデーション

 柴田さんが時計を見て「まだ間に合うな、車に乗って!」と仰る。
連れて行ってくださったのは、劇場からすぐの、白砂が美しい浜辺だった。菊ヶ浜というそうだ。波もほとんどなく静かな海、おにぎりのようなシルエットの指月山の向こうに夕日が沈んでいく。ほんの数分の間のことだったけれど、奇跡のように美しい景色に出合えた。
 「間に合って良かった」と笑う柴田さんの、取材前日に約束もなく勝手にやって来た初対面の人間へのお心遣いに、胸がいっぱいになった。

 帰り道、車から町を眺めながら柴田さんが言う。
 「ほら、こっちにもダイダイ(夏ミカン)、あっちにも。ダイダイだらけでしょう。収穫する人もいないから放っておかれるだけ。もったいないなぁと思って。何かできないかと考えてるんです」
 萩の町には至る所にダイダイがなっている。元々は明治維新後の混乱期、困窮した萩の経済を支えようと、侍が去り、廃虚同然となっていた屋敷の庭に士族たちの手で苗木が植えられたのがきっかけだそうで、長い歴史がある。

 その夜、柴田さんが教えてくださった魚がおいしい「十八番」というお店にひとり寄ってみた。カウンターで隣り合った地元の方から「萩の醤油しょうゆは甘いって東京の人はみんな言うけれど、このダイダイを醤油に絞って食べてみてください。イケますから!」
 教えていただくままに「ダイダイ醤油」をちょっとつけて食べた真ふぐの刺身や金太郎(ヒメジ)フライの味わいと地元の酒、長門峡の組み合わせは格別だった。

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 翌朝、取材時に昨夕のお礼を柴田さんにお伝えした。「十八番」のカウンターで隣り合った方と話すなかでツインシネマの話題になり「柴田さん、大変お世話になってますよ。あそこは映画だけじゃなくてライブもやったりするんです」と仰っていたことをお話しする。
 「そうなんです、ライブハウスが無くなっちゃって困ってる人がいるなんて聞くと、うちでどうぞなんて(笑)」

 萩ツインシネマにはスクリーン1と2と二つあって、現在、映画は2をメインに上映されている。1の方はスクリーンの前が開けていて、こちらは確かにライブなどにも使えそうだ。
 「いろんなミュージシャンの方が使ってくれてますが、今活躍してる人だと、YOASOBIのAyaseさんが昔やってくれたこともありました」
 「あ、それで1の方はスクリーン前に照明用バトンが設営されてるんですね」、とお話ししたところで柴田さん。
 「いやあれはそうじゃなくて、エアリアルヨガをやる時にぶら下がるためのもので…。足場工事会社の社長さんが見るに見かねて作ってくれたんです。一回やってみたらすごい怖くてそのままになっちゃってるんですけどね。そのうちYouTubeでお見せしたいなと」

 エアリアルヨガにYouTube?? どこまで本気なのか、ここはツッコむべきところなのか、判断がつかなかったけれど、なにせ昨日から柴田さんのお話は、この大胆さと繊細さのグラデーションがとても魅力的で面白い。

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さまざまな人に支えられている映画館

 「映写機が壊れちゃったんですよ、2年前に。正直、これを機に、ああやっと辞められる!と思って」
 笑ってお話しになる柴田さん。正直過ぎますよと、僕もつられて笑ってしまう。
 「だって修理するお金も無いし。まあ直すとなればクラウドファンディングしか方法はないとは思ったんですけどね。一応その準備はして、後はクリックすると立ち上がるというところまできて、どうしよう、辞めるか、それともクリックするかってところでとても悩みました。それでハー!って押しちゃったんですよ(笑)」
 番組スタッフ全員で爆笑したのは初めてのことだ。

 この取り繕うところのない率直さに、皆が支えてあげたいと集まってくるんじゃないか。
 クラウドファンディングを立ち上げた結果、インターネットだけでなく町の人たちからの寄付も集まり、総勢1,000人ほどの支援者を得ることができたとのこと。

 この機に素敵な人との出会いもあったそうだ。映写室をご案内いただきながらお話しくださった。
 「メールをいただいたんです。お金は無いんで寄付はできないんですけれど、映写機の手入れなどできるので一度見せてもらえませんかって」

 やって来たのはまだ25歳の林さんという若い男性で、その知識や技術、映写機材への愛に柴田さんはすっかり驚いたのだそうだ。
 「それぞれの機材、中身の性能まで全部分かってるんです。ランプ一つとっても、これは製造中止だとか言って、替わりになるものを探してきてくれる。その知識はいったいどこから??って驚きなんですけれど、彼にとってはこんな貴重な機材を自由に扱わせてもらえる所って他にないらしくて、うちとしても本当に助かってます」
 新たに仲間に加わった林さんのおかげで、止まっていた機材たちにまた新たな命が吹き込まれた。

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 柴田さんのお話はすべてがそのような素敵なつながりにあふれている。
 劇場で販売されているザコ&ブスカレーも、漁業が盛んな萩、知人から雑魚(といってもクロムツなどの高級魚)を大量に譲り受けたところから始まったそうだ。ネーミングがすごいけれど、「ザコ」をじっくり煮込んで出来上がった極上のだしに、「ブス」と柴田さんが名付けたところの“味は良いのに形が悪くて売れ残った野菜たち”を組み合わせてスパイスを効かせた本格的なカレーだ。帰宅して食べたらとてもおいしかった。劇場HPから購入もできる。その表記に思わず笑ってしまった。「5箱に、柴田家の新米4合(努力目標)をおつけし、送料無料で…」と書いてある。5箱に4合はおまけが多過ぎるんじゃないかしらと、柴田さんを知った後に読むと、じわじわとくる味わいがある。

 取材の最後に柴田さんがお話しくださった。
 「このビルは元々が40年前に遊びの総合ビルとして建てられた粋な場所だったんです。シネコンなんて言葉もなかった時代に、それぞれ赤と青で特徴づけられた華やかなスクリーンに、一つの映写室から二つの画面に同時に上映できた画期的な仕組み。あれは感動したと、当時を知る他館の元支配人の方が話してくれました。明治維新を成し遂げた先人たちと同じく、新しいことをやろうという萩の人のおとこ気といいますか、その気概で建てられたこの場所。引き継いで、次につなげていけたらと思ってるんです」

 柴田さんに2日にわたるお付き合いにお礼を述べて、もう一つの目的地、ジャズ喫茶villageに向かう。

ジャズ喫茶villageにて

 初めてお会いする店主の増本さんは、全然初めての気がしなかった。来たこともないのに昔から知っているような気持ちにもなる。これは不思議な感覚だった。大きなスピーカーと気持ち良い緑に包まれるようにグランドピアノが置いてある。壁にはライブに訪れたミュージシャンたちの写真が飾られている。

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 カウンターの中でせっせと料理やコーヒーを作る増本さんからたくさんお話を伺った。その中で一番印象に残ったエピソードを一つ。
 「セロニアス・モンクの最後を、ニカ夫人と一緒にみとったのがピアニストのバリー・ハリス。そのすぐ後にバリーが店に来てくれてさ。『ラウンド・ミッドナイト』を演奏してくれんだよ。あれは泣いた…」

 そんな映画のワンシーンのような一夜が、この場所、この小さな店で行なわれたのかと、またしても足元から鳥肌が立った。バリー・ハリスは2021年12月、91歳でお亡くなりになったという。菊ヶ浜とvillageとツインシネマ。心動かされることばかりの萩の旅だった。

信濃八太郎さんプロフ

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