不器用だからいとおしい 今泉力哉監督が描く恋愛映画の主人公たち

マガジン「映画のはなし シネピック」では、映画に造詣の深い書き手による深掘りコラムをお届けしていきます。今回は、等身大の人々の日常を描く名手、今泉力哉監督の作品に登場する愛すべき主人公たちに迫ります。

文=峯丸ともか

 「恋愛映画って苦手だったんです。でも、今泉力哉監督作にはハマってしまいました」

 そういう意見はSNS上にも多い。なぜなのだろう?

 今泉力哉監督の映画では、運命の恋人なのに事故に遭い引き裂かれる、奇跡的にタイム・スリップして結ばれる……といったようなドラマティック過ぎる展開はない。描かれる主人公は、たいてい私たちの隣にいるような普通の人々だ。そして、みんなそろって不器用なのだ。

 もしかしたら観客は、自分の物語をスクリーン上に探しているのかもしれない。現に、今泉監督の映画を観ていると、「これ、私のことなんですけど…」と思ってしまうほど共感性が高い瞬間がある。社会の中で埋もれてしまいそうな普通の人々の日常的な瞬間を、深掘りして昇華していくのが今泉監督作の特徴なのだ。

 11月にWOWOWで放送される5作の恋愛映画も、まるで自分を見ているように親近感を覚える愛すべき不器用な主人公たちの物語になっている。

『パンとバスと2度目のハツコイ』(’18)

 『パンとバスと2度目のハツコイ』の主人公は、こじらせ女子のふみ(深川麻衣)。

 「あなたのことをずっと愛し続けられるか自信がない」という律儀な理由で、2年も付き合った彼からのプロポーズを断ってしまう。その後、勤務先のパン店で偶然出会った初恋の相手たもつ(山下健二郎)にも、恋心があるにもかかわらず「私のこと好きにならないでよ」などと言ってしまう不器用ぶり。けれども、ふみの真面目過ぎる恋愛観に「ああ、分かりすぎるほど分かる」と、共感する女性も多いことだろう。

『愛がなんだ』(’18)

 片思いを続けているテルコ(岸井ゆきの)の、思うがまま過ぎる生きざまが不毛恋愛沼にハマっている人たちからの共感を呼んだ『愛がなんだ』。

 アラサーOLのテルコは、はたから見ればドン引きするほどマモル(成田凌)への愛に忠実だ。マモルから「ご飯行こ?」と電話があれば、食事が済んでいても「おなかペコペコだよ~」と言って駆け付ける。マモルに尽くすことに自分の時間をささげ、盲目的に愛に向かって突進していく。ちょっとブキミちゃんではあるけれど、そこまで執着できる相手がいるということは、ある意味幸せなのかもしれない。

『アイネクライネナハトムジーク』(’19)

 仙台を舞台にした群像劇『アイネクライネナハトムジーク』は、「会社に出掛けて家に帰るだけの毎日だから出会いがない」と嘆く佐藤(三浦春馬)が主人公。

 平凡過ぎる生活だから恋愛には劇的な出会いを求めてしまう佐藤の不器用ぶりがいとおしい。真面目な男、佐藤は会社の先輩や友人に“奥さんと出会ったきっかけ”をリサーチするが、何百件のデータを集めたとしても、出会いには法則なんてありはしないのだ。

 仕事で街頭アンケートをする佐藤の呼び掛けに立ち止まってくれた紗季(多部未華子)との出会いを、平凡だと思うか、奇跡と思うか…。社会の片隅でひっそりと暮らしている佐藤のような誠実な人にこそ幸せになってほしい。

 紗季に笑いかける100%ピュアな笑顔の三浦春馬が、美しい。

『mellow』(’20)

 ひとりの女子中学生の告白が周囲に連鎖して、大切な想いを伝える告白リレーが始まる『mellow』。

 人を好きになってしまったら、相手にも自分を好きになってもらいたい。「なんか、不器用ですいませんね~」という素朴な雰囲気がかわいくて女子にモテモテの生花店の店主、誠一(田中圭)も、実は思いを寄せている木帆(岡崎紗絵)には告白できないでいる。

 彼の心の内にあるのは「あなたを愛していることを知ってほしい」という切実な気持ちと、「フラれて、この良好な関係性が終わったらどうしよう」という恐怖。しかし、この葛藤を乗り越えた勇気ある者だけが「告白できた!」という達成感と、まだ見ぬ幸せを味わうことができるのだ。花束を持ち、キラースマイルを決める誠一。果たして彼の恋の結末は…?

『his』(’20)

 『his』の主人公、迅(宮沢氷魚)は田舎でひとり暮らしを始め、ゲイであることを隠しながら生きるという選択をした。それなのに、突然元カレの渚(藤原季節)が娘を連れて現われ「しばらく置いてくれ」と言う。この8年、ようやく渚への愛に折り合いをつけてきたのに…。

 かつて、渚が置いていった思い出のセーターを抱き締めて、もう残ってもいないであろう残り香をかぐ迅。その瞬間、迅の中で抑え込んできた渚に対する愛情が再燃するのだ。その正直な姿に観客は自分を重ねる。8年という年月をかけても、愛する人を諦めきれない迅の純粋で不器用な愛情表現に共感してしまう。

 たぶん、不器用な人ほど、人を愛するということに真面目なのだ。あるいは逆で、真面目に人を愛すると、不器用になってしまうのか。ただひとつ言えることは、人を愛する気持ちは、誰にも止められないということ。

 『his』の中で、特に心に残る言葉があった。

 「誰かと出会って影響を受けることは人生の醍醐味だ」

 それって、映画に置き換えても同じだ。映画に出会って影響を受け、考え方が変わったりする。寂しかった心が、ちょっと潤ったりする。そんな大切な時間を、今泉力哉監督が描く不器用だけどいとおしい登場人物たちとともに過ごしてみてください。

峯丸ともかさんプロフ


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