好きだからお笑いやってきた。“それで間違ってないよ”ってこの映画は言ってくれた気がしたんだよね――『アルプススタンドのはしの方』を観てスピードワゴン・小沢さんが心撃ち抜かれたセリフとは?
取材・文=八木賢太郎 @yagi_ken
──今回は2020年公開の邦画をチョイスしていただきました。
小沢一敬(以下、小沢)「公開時に話題になってたよね。友達から『小沢くんの好きなタイプの映画だから、観た方がいいよ』って言われてて。今回ようやく観れたよ」
──もともとは兵庫県の県立高校の、演劇部の顧問の先生が書いた戯曲で、2017年の「第63回全国高等学校演劇大会」で最優秀賞を受賞した作品です。これを映画化したものですね。
小沢「戯曲だっていうのは聞いてたけど、高校の先生が書いたんだ。すごいね。タイトルがいいよね。『アルプススタンドのはしの方』って。俺も昔から、端の方が好きなんだよ。写真撮られるときも、絶対に一番外側に立つし、席替えのときも、いつも窓際とか廊下側を選んでたし」
──ちょっと想像できます(笑)。
小沢「ただ、この映画は“はしの方”っていうタイトルだけど、実際は、端の方を“センター”に置いた物語じゃん。THE BLUE HEARTSの1枚目のアルバムの中に『世界のまん中』って歌があって、『僕が今見ているのが世界の片隅なのか いくら捜したって そんな所はない』っていう歌詞なんだけどさ、ちょっとあの曲を思い浮かべたよね」
──確かに、あの歌詞のような若者たちのストーリーでした。
小沢「世界地図ってさ、日本にあるものは一般的に日本が中心に描かれてるけど、海外製だと日本は端っこに描かれてるでしょ。結局、そこが真ん中なのか端っこなのかなんて、決まってないってことなんだよ。だから例えば、あの吹奏楽部の部長の女の子…」
──久住さん(黒木ひかり)ですね。勉強もできて、部活も頑張って、彼氏は野球部のエースという。
小沢「そうそう。あの久住さんが『真ん中は真ん中でしんどいんだよ』って言うセリフ。確かに彼女が学校の中では真ん中に見えるだろうし、主人公4人は『私は端っこの人間』って思ってるかもしれないけど、この映画のように彼らを中心にしてドラマを作ったら、端っこがちゃんと真ん中になるんだよね。逆に久住さんのように真ん中を気取ってても、周りから見れば端っこに見えることだってあるし。そうやって、真ん中も端っこも関係ないんだよっていうことを描く物語だからこそ、この『アルプススタンドのはしの方』っていうのがいいタイトルだなって思った」
──そうですね。端っこだけど、実は端っこじゃないんだよっていう。
小沢「うん。普段『どうせ俺なんか端っこの人間だ』って思ってる人は勇気付けられると思うよ。端っこの人なんてどこにもいないんだよ、って言ってくれる映画だから」
──すごく共感できる人が多い作品だと思います。
小沢「共感っていう意味ではさ、ほとんどの人が中学とか高校で部活を経験してきたと思うんだけど、この映画を観てると、当時の夏の日の、めちゃくちゃ暑い日の部活のこと思い出せるよね。あのうっとうしい感じを(笑)。あと、吹奏楽部の久住さんの友達のあの子、イヤだったわぁ(笑)。ああいう子、必ずいたよね。本人は無意識で、ただ笑いを提供しようと思って放った言葉が、いろんな人を傷つけちゃう。でも、ああいう子たちも、今はもう大人になってるんだろうなって、そんな余計なことも思い出させてくれる映画でもあったよね」
──とにかく、女優さんたちがみんな魅力的でしたよね。
小沢「うん、素晴らしかったね! 主役の安田さんも、その友達の田宮さんも良かった。田宮さんはしゃべり方もかわいかったなぁ。眼鏡の宮下さんも良かったし、吹奏楽部の子も、その友達の意地悪な子も…演技がうまいからこそ、本当にムカついたし(笑)。女優さん全員素晴らしかったよ、ホント。あと、先生が喉をつぶしちゃうシーンがあったでしょ」
──茶道部顧問でありながら、なぜか熱血の厚木先生(目次立樹)ですね。
小沢「俺も小学校の頃に野球をやってたんだけど、野球って、とにかく『声出せ!』って言われるから、訳も分からず声を出し続けて、自分の声が壊れた瞬間を覚えてんのよ。『あっ、今、声が死んだ…』って。その日からだもん、俺がこの声になったの」
──ええ、本当ですか!? じゃあ、小学生の頃から、そのハスキーな声なんですね?
小沢「そうそう“ブロークン・ボイス”ね(笑)。だから、あの先生の喉のつぶし方を観てたら、『これ知ってるぞ、俺!』と思って。あの先生も一生声は戻らないだろうな(笑)」
──では、そんな共感多き今回の作品の中で、小沢さんがシビれた名セリフは?
小沢「今回もいいセリフがたくさんあったけど、一番印象に残ったのは、『俺の方が正しいよな?』」
──元野球部の藤野くんのセリフですね。
小沢「あの場面って、みんなに疑問符を投げ掛けてると思うんだよね。それは、何かを続けることのモチベーションの問題で。藤野くんは、試合に出られない、脚光を浴びられない、みんなに認めてもらえないから、野球を続ける意味はないと考えた。一方の矢野くんは、例え試合に出られなくても、野球が好きだからひたすら練習を続けてる。これって、高校生の部活だけの問題じゃなくて、たとえば仕事をするにしても、みんな結局はこの二択になってると思うんだ」
──藤野くんの言い分も分かるし、矢野くんのような生き方も分かる。
小沢「例えばスピードワゴンなんてさ、コロナの影響で中断するまでずっと漫才ライブを続けてたけど、はっきり言って毎回赤字なのよ。それなら別にやらなくてもいいじゃんって言う人もいるし、そういう選択をする人もいる。でもやっぱり、俺は好きだからやってきた。そのことに対して、『それで間違ってないよ』って言ってくれた気がしたよね、この映画が。もちろん、藤野くんが間違ってるわけでもないのよ。お互い、何を得たいかが違うだけだから」
──それぞれのプライオリティの問題ですよね。周りからの評価と自分の満足、その両方を得られることなんてなかなかないですから。
小沢「結局この2人がその後どういう人生を歩んでいくかっていう部分は、映画本編を観てほしいんだけど。とにかく俺は、これがこの映画にとって大事なセリフだと思うし、一番心に残ったね」
──名セリフというよりは、大事なセリフという感じで。
小沢「この脚本の元の戯曲を書いた先生は、すごく優しい先生だなって気がしたよ。あんまり最後の展開までは話せないけど、最終的に登場人物全員が救われるから。ものすごく優しい目線で書かれた戯曲だと思う。クサくなりがちなラストも気にならなかった。とにかく、非常に美しい映画。夏の美しさと、若者の美しさと。だから終わった瞬間、自然と頬を伝ってたよ…」
──伝ってましたか。
小沢「それが涙だったか、汗だったかは、夏だから分かんなかったことにしておいて(笑)。あと、これはいつも言うんだけどさ、青春は『青い春』って書くけど、やっぱり春よりも夏だよね。まあ、自分が青春時代の夏を過ごしてたときは、暑いし、汗が止まらないし、汗臭い友達が隣に座ってきたりすると、ものすごくイヤだったんだけど。でも、それが映画になると、こんなに美しくなるのかと。だから、若者と夏の青春は、映画で観るに限る!」
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