松山ケンイチ主演『BLUE/ブルー』や数々の名作から紐解くボクシング×映画の“親和性”
文=相馬学
ボクシング映画にハズレなし――異論はあると思うが、こう言い切って話を進めたい。“スポ根映画”にとって肝となるのは、そこに宿るアツさ。ボクシングを題材にすると、その沸点が他のスポーツの映画よりもグッと上がる。なぜか? 理由は2つある。まず、ボクシングが肉体の痛みを伴う競技だから。人間は、そもそも本能的に痛みを回避する生き物だ。にもかかわらず、痛い思いをしてまで、ボクサーたちは殴り合う。そしてそこには、もう一つの理由――痛い思いをしてまで戦わねばならない人間のドラマが宿っているのだ。
例えば、シルヴェスター・スタローン主演によるボクシング映画の金字塔『ロッキー』(’76)。主人公のロッキー(スタローン)は落ち目の三流ボクサーだが、世界ヘビー級王者と対戦するという、またとないチャンスを得る。チャンプと戦うのだから生半可なトレーニングでは許されないし、試合では血を流すことにもなる。しかし、ロッキーにはそうまでして戦わねばならない理由があった。ボクシングだけで生活していけない彼は、借金取り立てというチンピラまがいの仕事をしている。もし、この試合を最後まで戦い抜いたなら、ただのチンピラではないことを証明できる――そこにアツいドラマが宿る。
世界王者ならともかく、1作目のロッキーのように、ボクサーは経済的に豊かとはいえない。ラッセル・クロウ主演の『シンデレラマン』(’05)は、貧困の中で大番狂わせを演じたボクサー、ジェームス・J・ブラドックの実話に基づく物語。大恐慌時代、盛りを過ぎてライセンスを剝奪されたジェームス(クロウ)は家族を支えるために必死で働くが、生活は一向に楽にならない。そんな折、ボクシングの試合の話が舞い込み、このたった一度のチャンスをモノにして彼はボクサーとして劇的なカムバックを果たす。まさに、ボクシング界のシンデレラだ。
現代の日本を舞台にした日本映画『百円の恋』(’14)に目を向けてみよう。主人公の女性、一子(安藤サクラ)は、映画の序盤では親に寄生しているダメ人間だ。社会に放り出され、コンビニでバイトしながら、ひとりのボクサーに心惹かれてボクシングジムに通い始めた彼女は、自分と同じようなダメ人間が、社会の底辺にいることを知る。心惹かれたボクサーさえも、愛するに値する人間ではなかったと知ったとき、一子はますますハングリーになり、ボクシングにのめり込む。経済的にも精神的にも、失うものは何もない。ここにきて彼女は初めて、本気で戦うことになるのだが……。
この映画の監督、武正晴作品では、劇場版『アンダードッグ』(’20)が記憶に新しいところだ。“アンダードッグ”とは、文字通り“負け犬”。新人ボクサーのデビュー試合で負け役を演じる“噛ませ犬”、将来を嘱望されながらも過去の出来事が原因で挫折する天才、バラエティ番組の見世物としてボクシングの試合をすることになり、殴られれば殴られるほど強くなりたいという思いが強くなる三流お笑い芸人。いずれもタイトルどおりの負け犬だが、それでも勝ちたいという思いは強い。ボロボロになっても戦わずには、いられない――それがボクサーの宿命なのだろう。
境遇だけではなく、身体的な理由から負け犬視されるボクサーもいる。阪本順治監督の出世作にして、元ボクサー、赤井英和の初主演作『どついたるねん』(’89)は試合中のけがによって脳に致命的な損傷を負い、引退を余儀なくされたボクサー、英志(赤井)の物語。ジム経営に乗り出すもうまくいかず、彼は医師を脅してニセの診断書を書かせてまでリングに復帰する。一方で、図らずも彼の脳を破壊することになったボクサー、イーグル友田(大和田正春)は、その後の試合による網膜剝離により引退せざるを得なかった。イーグル友田役の大和田は実際にボクサーで、現実でも網膜剝離により引退した。赤井もまた、実際に彼との対戦で脳挫傷となり引退している。そういう意味では、この映画は、ある程度、実話をもとにしているとも言えるだろう。
『どついたるねん』で死を覚悟してリングに上がる英志は独身男だった。ならば、家庭を持つボクサーならば、彼と同じようなことをするだろうか? 試合を渇望するファイターの本能はある。一方には、家族のために生き続けなければならないという責任感。その葛藤がボクシング映画のドラマとして機能する。先述の『シンデレラマン』の主人公もそこに悩んだ。『ロッキー』の後のシリーズである2~4作目にも、そんな要素があり、最愛の妻は常に、ボロボロになるしかないロッキーの体のことを心配している。そんな葛藤と、主人公の選択もボクシングを題材にしたドラマの面白さと言えよう。
さて、このようにボクシング映画には多彩な要素があるが、それらを踏まえつつ、現代のドラマにアップデートさせたのが、『ヒメアノ~ル』(’16)、『愛しのアイリーン』(’18)などのリアリティあふれる作品で絶賛された𠮷田恵輔監督の『BLUE/ブルー』(’21)。主人公のボクサー、瓜田はボクシングを誰よりも愛しており研究熱心だが、実戦では一度も勝ったことがない。温和な性格で人当たりはよく、ジムの後輩たちに基礎を教えるのは上手い。しかし、やはり試合で勝ちたい気持ちは人一倍強い。
一方、彼の後輩で、親友でもある小川は抜群のセンスの持ち主で、連戦連勝でタイトルマッチに手が届こうとしている。しかし、彼の脳は激しい試合を重ねることでダメージを蓄積させていた。そんな彼の身を案じる婚約者の存在。また、瓜田が指導することになった楢崎は、好きな女性に振り向いてもらいたい一心でボクシングを習い始めた優柔不断な青年だった。しかし、バカにされ、辱められる日々の中でボクシングへの情熱が芽生え、それはプロとして戦う覚悟へと変化する。
3人のボクサーは、それぞれに負け犬となる宿命を背負っている。しかし、リングに上がれば勝ちたいと思うのがボクサーの性だ。これだけ努力を重ねてきた。でも負ける。才能のある者でさえ敗れることもある。挫折してもなお、彼らはボクシングから離れられない。それは、一発のパンチを決めたことの快感からくるのか? リング上でのみ体感できる生の実感を求めているのだろうか? いずれにしても、彼らがボクシングに愛情を抱いていることだけは間違いない。
そんなボクサーたちの生を体現するのが、瓜田役の松山ケンイチ、小川を演じる東出昌大、楢崎役の柄本時生。『聖の青春』(’16)以来の共演となる彼らは、しっかりと体をつくり、迫力のファイトシーンを演じて観る者の目を引き寄せる。殺陣を付けたのは、中学生の頃から30年近くボクシングを続けているという𠮷田監督自身だが、それだけにファイトがリアルなものとなったのは言うまでもない。
もちろん、ジムに通うボクサーたちに長年接してきた監督だから、人間模様も現実的な視点で描かれる。栄光を手にするボクサーは、ごくごくわずか。仮に勝利を手にしても栄冠は一瞬で、その後も彼らの人生は続く。そんな男たちに温かい視線を注いだ『BLUE/ブルー』。やはり、ボクシング映画にハズレなし…いや、これは大当たりだ!
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