数限りないタクシーの思い出と優しくて面白い極上の娯楽映画『TAXi』【#エンタメ視聴体験記/中山功太】
文=中山功太
忘れられない言葉がある。
昔、大阪で活動していた頃、先輩の麒麟田村さんが興奮気味にこう述べたのだ。
「タクシーって凄くない? 手挙げたら停まってくれて、乗せてくれるねんで? 優しすぎるやろ?」
田村さんが心優しい方だとはいえ、目から鱗すぎた。
僕には、タクシーが優しいという発想はなかった。
「高倉健さんの写真集のタイトルとは?」という大喜利お題の田村さんの回答「フォト倉健」と共に、今でも脳裏に焼き付いている。
芸人は、実に頻繁にタクシーに乗る。
僕の様な怖いぐらい売れていない芸人でも、大阪の頃から現在に至るまで、数え切れない台数に乗せてもらってきた。
となると、自ずとタクシーの思い出が増える。
本連載の『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』のコラムでも書かせていただいたが、僕は吉本新喜劇の島木譲二師匠を心から尊敬している。
昔、僕がNGK(なんばグランド花月)の前でタクシーを停めてもらった瞬間、ドアが開き降りようとした僕に、尊敬する島木譲二師匠が身体を当て擦りながら乗り込んで来た事があった。
よほど急いでいたのだろう。師匠は「すんまへん、すんまへん」と呟きながらヌルリと僕を押し出した。
僕は「おはようございます」と言うのが精一杯だった。
次の瞬間、島木譲二師匠は、厳かにタクシー運転手さんにこう告げた。
「アメリカ領事館まで」
一瞬、誰が何処へ急いどんねんとは思ってしまったが、謎は謎のままの方がロマンがあっていいのかも知れない。
同時期に、大阪の某テレビ局で起きた出来事も印象深い。
深夜に収録が終わり、僕はスタッフさんが地下の駐車場に呼んで下さったタクシーに乗り込んだ。
深夜だった為か、地下と地上を隔てる格子状のシャッターが完全に閉まっていた。
50絡みと思しき運転手さんは、颯爽と運転席から降り、シャッターを開ける赤いボタンを押し、車内へ戻った。
ゆっくりと軋むシャッター音。斜面を駆け上るタクシー。斜面が平らになり、シャッターが見えた瞬間、僕は驚愕した。
シャッターはまるで上がりきっていない。なぜか運転手さんはアクセルを緩めない。
「ぶつかる!」と思ったその時、僅かな振動とともに「ガペン!」と音が鳴った。
運転手さんはタクシーを降り、何やら箱の様な物を持っている。
よく見るとそれは、タクシーの上に付いていた「あんどん」だった。
シャッターの下部とあんどんが当たり、取れて落ちたのだ。
タクシー会社の名前が書かれた、今はもう光らないそれを抱えながら、運転手さんは少し拗ねている様に見えた。
僕はタクシーを降り、彼にかける言葉を探していた。
彼はこちらを見ずに呟いた。
「これがないと。タクシーは、これがないと...」
あんどんを元の位置に戻し、また外しを繰り返しながら彼は初めて僕の方を見て、こう告げた。
「すんません、お客さん。今日は歩いて帰って下さい」
なんで歩かなあかんねん。僕は別のタクシーに乗って帰宅した。
他にも数え上げればキリがないし、つい2日前も大阪で「ボク昔、Mr.オクレさん、乗車拒否しましてん」とパンキッシュな逸話を聞かせてくれた運転手さんもいたが、タクシーは本当に便利だ。
タクシーは本当に凄い。
という訳で、今回視聴したのは『レオン』(‘94)のリュック・ベッソンが制作・脚本を務めた、映画『TAXi』である。
言わずと知れた大ヒット作品だ。
タイトルロゴや、ポスターなどは何度も見た事があるのに、映画は観た事がなかった。
同じだという方も多いかも知れない。
先にお伝えしておくと、面白いので絶対に観て欲しい。
恥ずかしながら、フランス映画だという事すら知らなかったが、フランス映画への偏見やコンプレックスは、コラムでも書かせていただいた『最強のふたり』で克服済みなので、すんなり観る事が出来た。
無免許のピザ配達員・ダニエルは、念願だったタクシー運転手に転職する。スピード狂のダニエルはある日、刑事のエミリアンを乗せた際、彼を刑事だと知らず猛スピードで警察署に送り届けてしまい、スピード違反の現行犯で検挙されてしまう。ダニエルは違反取り消しを条件に、銀行強盗事件への協力を余儀なくされるのだが…。
といったストーリーだ。(ほぼWikipediaから抜粋)
この映画の凄いところは、絶妙なバランス感覚だと思う。カーアクションは抜群にカッコいいし、コメディとしても凄く面白いし、映像は綺麗だし、セクシーなシーンはやたらと官能的だし、セリフも最高にイカしている。
良い意味でジャンル分けが難しい。
心地良い浮遊感でラストまで見入ってしまう。
下手な人が作ると、ただのオシャレ映画に成り下がっていたかも知れないところを、一流の娯楽映画に仕上げている。
確かにオシャレな映画だが「たまたまオシャレになってしまっただけ」と言わんばかりのセンスが溢れ出ている。
本当にオシャレな人が、朝起きて適当に服を選んで寝癖で来たけどカッコいい、みたいで、全く嫌味がない。
更に凄いと感じたのが、カーチェイスや銀行強盗との銃撃戦のシーンが多いにも関わらず、異常に健全だという事だ。
僕が見逃していなければ、作中で、いくら車がひっくり返ろうが、どれだけ銃を撃ちまくろうが、明確なケガ人が一人も出ていない。血の一滴すら映っていない。
セクシーなシーンだけ目を閉じさせれば、お子様に観せても何の悪影響もない。
この異常な健全さが、この映画に本当に合っていると感じた。
悪役である銀行強盗も、どこか憎めない。
クライマックスで決着がつくシーンも、犯人たちにとって悲惨な終わり方ではない。
「こち亀」の最後のコマで両さんが酷い目に合う程度の、適度な酷い目に合う。
そして、本当のラストシーンも、実に爽やかだ。
こんなに合点がいくハッピーエンドもなかなかないと思う。
1998年の大ヒット映画に僕が今更こんな事を言うのもおかしいが、イメージとはまるで違う、老若男女にお勧めできる極上の娯楽映画だ。
敬遠してきた方がいたら、先入観を取っ払って、是非ご覧いただきたい。
追伸
麒麟田村さん、久しくお会い出来ていませんが、お元気ですか?
田村さんはタクシーは優しいとおっしゃいましたが、映画『TAXi』も優しかったです。
またご飯連れて行って下さい。
おわりに・・・
「UEFA EURO 2024TM サッカー欧州選手権 MATCH HIGHLIGHT」
先日、仕事でこの大会の解説者の方にお会いして、今のサッカーはとんでもなく面白いと聞いたので、「決勝 スペイン×イングランド」をすぐに観た。素人目に観ても、みんなサッカーが上手すぎる。
僕は運動音痴だが子どもの頃サッカーだけは好きだった。下手くそだが両利きで、左右どちらの足でもシュートが打てる。
数年前、フットサルで対戦した相手チームの方に「左右どちらの足でもシュートが打てる人の中で一番ヘタだ」と、要らぬお墨付きをもらった。
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「BBC Earth 2024 地中海 再生する生命(いのち)の物語」
この世の場所で海が一番好きなので観させていただいた。
亀を可愛いと思った事はあるが、「新たな人生への旅」を見て初めてカッコいいと思えた。生物学的にはわからないが、亀は顔を見る限り、普通に恐竜だと思う。
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「宝塚プルミエール」
あまり友達や芸人仲間にも言っていなかったが、宝塚や元タカラジェンヌという肩書きに弱い。「女子アナが好き」という感覚で大好きだ。
「帆純まひろ ナレーション収録日記」に登場する帆純まひろさんも素敵な方だった。宝塚の方から滲み出る知性や品格の裏に、並々ならぬ努力があると考えると感動で震える。
若い頃、一人で宝塚にグッズを買いに行ったが、お客さんの99%が女性で、7分ぐらいで帰った思い出がある。
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