見出し画像

先人をなぞらずに自ら信じた道を突き進む、磯村勇斗の“らしさ”を紐解く

映画ライターSYOさんによる連載「 #やさしい映画論 」。SYOさんならではの「優しい」目線で誰が読んでも心地よい「易しい」コラム。今回は、『月(2023)』で恐ろしい思想にとらわれた男を演じた磯村勇斗が積み重ねてきた、誰にもまねのできないキャリアについて解説します。

文=SYO @SyoCinema

 国内において、成功を収めた若手俳優にはいくつかの“型(パターン)”がある。男性であれば特撮ヒーロー番組を経て、ゴールデン帯ドラマで顔を売り、あるいはNHK連続テレビ小説で火が付き、大河ドラマに抜てきされ主演映画が製作され――といったものがその一つ。

 磯村勇斗は、確かにその条件を満たしている。「仮面ライダーゴースト」、NHK連続テレビ小説「ひよっこ」、「今日から俺は!!」、NHK大河ドラマ「青天を衝け」と出演を重ね、「きのう何食べた?」シリーズのジルベールや「不適切にもほどがある!」のムッチ先輩ほか、ファンに浸透している人気キャラクターも請け負い、「サ道」シリーズや「東京リベンジャーズ」シリーズ(’21~’23)といった“看板”もある。

 ただ、俳優・磯村勇斗はそうした“型”を満たしているものの、先人の道をなぞるのではなく、自ら信じた進路、その足跡やわだちが結果的に後進のロールモデルになるような印象を受ける。ひと言でいえば、磯村のフィルモグラフィー(出演作品)は誰もまねできない輝きを放っているのだ。

 本稿では石井裕也監督と組んだ『月(2023)』を中心に、彼の異端なる「俳優道」を改めて見ていきたい。

 メジャーな娯楽作から自主製作系の作家主義的な映画まで、フィールドを問わずに泳ぐ磯村は、年間単位の出演数が多い方だろう。ただその中でも、彼の意志を感じる明確な特徴が見て取れる。現代社会を見つめ、何かしらの問題提起を投げかける肝が据わった作品に継続的に挑んでいるのだ。

 その最たる例が、障がい者施設で大量殺傷事件を起こした職員に扮した『月(2023)』であり、磯村は第47回日本アカデミー賞の最優秀助演男優賞ほか、多数の映画賞に輝いた。本作で磯村が演じたさとくんは、正義感が暴走していく人物だ。重度の障がいを持ち、一部の職員から暴力を受ける入所者たちを目の当たりにし、上司や行政などさまざまな人物に掛け合うが事態は好転せず、「自分がやるしかない」と使命感を帯びて凶行に及ぶ。

 本作の公開時、磯村にインタビューした際、「危険を感じて役への掘り下げを途中で引き返した」と語っていたが(彼はいわゆる没入型ではなく、客観、俯瞰する目を常に残して演じているという)、さとくんは、それほどに恐るべき思想に染まった人物であり、演じた磯村本人もよく無事で済んだものだ……と思わせる、鬼気迫る(それでいて否応なしに説得力を突き付けてくるのはさすがとしか言いようがない)演技を披露している。

 同時に個人的に感じるのは、磯村の『月(2023)』に至るまでの積み重ねが効いている、ということだ。常日頃から世の流れを自身の目で見つめ、思考し、俳優という立場から作品に還元している彼だからこそ、立ち向かえたように思えてならない。そのきっかけとなった作品は、『月(2023)』と同じ河村光庸プロデューサーによる映画『ヤクザと家族 The Family』(’21)であろう。暴対法などによって衰退していくヤクザを見つめた本作で、磯村は舘ひろし、綾野剛とともに重要な役どころで演技力を知らしめた。

 続く『彼女が好きなものは』(’21)は周囲の反応を恐れてカミングアウトできないLGBTQ+の人々の生きづらさを描いており、保護司を題材にした『前科者(2022)』はやり直しを認めない社会、75歳以上が安楽死を選ぶ権利を与えられた世界を舞台にした『PLAN 75』(’22)は高齢化問題、長編映画初主演を飾った『ビリーバーズ』(’22)はカルトな宗教団体の信者に扮して信仰の危うさを問う。『波紋』(’23)は震災にまつわる風評被害や障がい者への差別、家父長制の害に言及しており、水道局職員の立場から貧困に斬り込む『渇水』(’23)は行政支援の限界、『正欲』(’23)は“自分らしさ”という言葉が持つ危うさ――個人の性的嗜好と社会的責任とのギャップをえぐり出し、『若き見知らぬ者たち』(’24)はヤングケアラーの苦しみと権力による暴力を訴える。

 こうしたキャリアを歩む中で、特に『月(2023)』は演じて終わりではなく、今後の彼の俳優人生にも強く影響を与える作品&役柄だっただろうが、臆さずに背負う覚悟や気概にも磯村の“らしさ”を感じる。スクリーンの中で完結するポップな“キャラクター”ではなく、時代や社会から生まれた“人間”を選ぶということは、「その社会問題と併走していく」俳優本人の態度の表明にもなる。事実彼は、先述の通り『月(2023)』の前後でなんら変わらず、「考えて、動く」を体現し続けている。

 作品以外でも、2023年には故郷の静岡・沼津で演劇公演を行い、翌年にはしずおか映画祭を企画&プロデュース。第37回東京国際映画祭では、文化・芸術の世界で活躍する女性に光を当てる「ウーマン・イン・モーション」のトークセッションに出席するなど、精力的に活動を行っている。

 VOGUE JAPANが毎年アイコニックな人々を表彰する「THE ONES TO WATCH」の2024年度に選出されたことも記憶に新しい。2025年はTVドラマ「クジャクのダンス、誰が見た?」で幕を開け、今後Netflixシリーズ「ソウルメイト」も控えている。磯村勇斗がこれまで何をして、ここから何をしていくのか。勇気をもらいながら、見守っていきたい。

▼『月(2023)』の詳細はこちら

▼WOWOW公式noteでは、皆さんの新しい発見や作品との出会いにつながる情報を発信しています。ぜひフォローしてみてください。

クレジット:©2023「月」製作委員会

この記事が参加している募集