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俳優・長澤まさみの、理想と現実のギャップに苦悩する“淀み”を抱える役を引き寄せる特質を紐解く

映画ライターSYOさんによる連載「 #やさしい映画論 」。SYOさんならではの「優しい」目線で誰が読んでも心地よい「易しい」コラム。今回は『ロストケア』(’23)の検事役の長澤まさみが、これまでいかに“よどみ”を抱えたキャラクターを演じてきたのかを解説していきます。
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文=SYO @SyoCinema

 2024年も坂口健太郎横浜流星らと共演した『パレード』(2月29日(月)Netflix配信)、佐藤健森七菜と共演した『四月になれば彼女は』(3月22日(金)公開)、三谷幸喜監督作『スオミの話をしよう』(9月13日(月)公開)と、ビッグな出演作が控えている俳優・長澤まさみ。彼女が松山ケンイチとW主演を務めた社会派サスペンス『ロストケア』が、3月2日(日)にWOWOW初放送を迎える。

 第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した葉真中顕の小説を『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(’18)の前田哲監督が映画化。正義感に燃える検事・大友(長澤まさみ)が、42人もの老人を殺害した介護士・斯波しば松山ケンイチ)と“対決”する。

 心優しい人物像の中に底知れない闇を感じさせる松山に対して(あえて感情を盛り込み過ぎず、穏やかに語りかけるような芝居がいびつだ)、真実を追求する直情的な人物に扮した長澤の演技がコントラストを生み出している。

 衣装も長澤が黒、松山が白を基調としており、「殺した」と言う大友と、「救った」と主張する斯波の違いを含めて、明確に対立構造が敷かれているのが特徴だ。かつ、長澤と松山の対峙は基本的に取り調べ時に終始しており、座った状態での対話、つまり、分かりやすい動きの“アクション”がない。こうした構造面を含めて、演技でも統制されたテクニカルな一作といえる。

 そうした作品において浮かび上がるのは、俳優・長澤まさみの特質だ。これは彼女の演技とも通じるように感じるが――理想と現実のギャップを受け入れながらも、納得はできていないというような“よどみ”を抱えた人物(役柄)が、長澤のもとには吸い寄せられていくところがあるのではないか。

 世の中=大多数のルールに疑問を感じつつ、生きていく上で従うしかない不満や苦悩。「これは違います」と闘えるのは一部のヒロイックな人物だけで、大体は角を立てずに大なり小なりストレスを抱えながら日々を送っている。長澤は、われわれが社会で生きていく上で避けては通れないそうした障害に対する“悔しさ”を、さまざまな人物を演じることですくい取ってきた。

 絶賛されたドラマ「エルピスー希望、あるいは災いー」で演じたアナウンサーもそうであるし、『すばらしき世界』(’20)で扮したTVプロデューサーもそうだ。覚悟を決める、決めないの違いはあれど、“清濁併せのむしかない状態”が、長澤は抜群にはまる。

 『パレード』では死者たちが集う世界に足を踏み入れた報道番組制作者、『四月になれば彼女は』では愛におびえる動物園勤務の獣医を演じており、こうした役柄は彼女の不可侵の“ゾーン”として今後も機能し続けていくことだろう。
 『アイアムアヒーロー』(’15)で演じた看護師や『海街diary』(’15)での次女だって、自分の力ではどうにもならない、ままならない現実に対してどう向き合い行動するかという共通項が見られる。夫が異星人に乗っ取られた事件を描く『散歩する侵略者』(’17)では、戸惑いから覚悟のグラデーションを見せ切っていた。これは前述の特徴を逆利用したアプローチともいえ「世の流れに沿おうとする」状態からの脱却という意味で、長澤の気質に合っている。
 『百花』(’22)で託された主人公の妻も、そこはかとないダウナーな気配が漂っていたし、『モテキ』(’11)では中盤以降にどんどん顔を出してくる生々しさがキーになっていた。

 「イメージを覆した」と絶賛され、第44回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞ほか各賞に輝いた『MOTHER マザー』(’20)での毒親も、元々のその役の性格もあるだろうが――現実社会の厳しさをダイレクトに被り、その上でどう生き抜いていくかを実行した結果毒親と化した、と考えることができる。映画の中では救いようのない人物として描かれるが、社会からドロップアウトするとどうなるかを示した側面もあり、やはり長澤まさみ×社会の組み合わせは絶大だ。

 『ロストケア』単体で観る楽しみもあれど、こうした縦軸で彼女の出演作を踏まえた上で相対すると、また違った味わいが生まれてくるのではないか。

 もちろん長澤は、「コンフィデンスマンJP」シリーズ(’18~’21)、「キングダム」シリーズ(’19~)、「銀魂」シリーズ(’17、’18)、『マスカレード・ホテル』(’18)、『シン・ウルトラマン』(’22)、『シン・仮面ライダー』(’23)など、確固たるキャラクターに自身をはめていくスタイルの作品でも遺憾なく実力を発揮できるタイプではある。ただ個人的には、こうした作品での彼女を観る際には、どこかに悲しみが付きまとい、アイロニカルな“色”が付随しているようにも感じる。
 それもまた、演者と観客の不思議な関係性であり、それが故に面白い。

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クレジット:© 2023「ロストケア」製作委員会

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