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20年前の出来事をありありと思い出せるのは、映画と父との思い出が紐づいていたからだ

note×WOWOWのコラボレーション企画として#映画にまつわる思い出」をテーマに作品を募集中。これまでWOWOW公式noteで数々の映画コラムを書いていただいている、映画ライターよしひろまさみちさんに、このテーマでコラムを書いていただきました。映画と深く向き合うよしひろさんならではのコラム。ぜひ作品投稿の“お手本”にしてみてください。

文=よしひろまさみち @hannysroom

 忘れられない映画は、映画そのものの出来栄えやストーリーの素晴らしさだけでなく、その時の自分の思い出に紐づいている。例えば、生まれて初めて映画館に連れて行ってもらった映画は、映画よりもその後で両親と一緒に行った焼き肉店の思い出と紐づいているし(ちなみにその時観た映画は『ザ・ディープ』('77)。なぜ幼稚園児にこれを見せようとしたのかいまだ理解不能なのだが……)、それと同じくらいの時に観に行った『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』('77)は、観賞後すぐにサントラLPをおねだりしてレコード店「ハンター」に行った思い出とセットになっているし。 

 はたまた、初めて自分と友達、すなわち子どもだけで映画館に行って観た『映画ドラえもん のび太の恐竜』('80)は、劇場に持ち込んで初めて口にしたマクドナルドのハンバーガーの味と一緒に思い出されるし、中学校の時に初めて観た『サウンド・オブ・ミュージック』('65)のミュージカル・シーンや、高校の音楽の授業で観賞した『5つの銅貨』('59)のダニー・ケイのパフォーマンスは、当時どハマリしていた吹奏楽での演奏に影響を与えていたし……。

 このように、私にとって映画の思い出は、映画そのものの思い出よりも、その時の自分が経験した貴重な「何か」と紐づいている。それ故、その「何か」をふいに思い出したとき、芋づる式にその時に観た映画のシーンがよみがえってくる。

 前述の通り、子どもの頃のそれはかわいいものだが、大人になってから、それも自分が映画を紹介する仕事に就いてからの映画の思い出は、どいつもこいつもなかなか重い。その中でも“超重量級”の思い出を…。少々長くなるが、その映画『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』('02)を観ると、今でもつい涙がこぼれる。

 ――今から20年前。私が映画業界をメインに仕事していることを深く知る前に、父は逝った。
 父は映画館を運営する側の仕事をしていたため、今のように映画ライターをしている自分を見たらどう思うんだろう、としばしば考えることがある。
 父に紐づいた映画の思い出はほとんどない。子どもの頃から私を映画館に行かせていたのは「暗闇に2時間閉じ込めておけば、悪さはしないだろう」という計らいからだったし、一緒に映画を観た、という思い出があったとしても渋谷の焼き肉店や有楽町の中華レストランがセットだ。

 父が「映画を観る」といえば、もっぱら仕事。映画館で上映する作品を選定するため、批評するでもなく、だからといって熱っぽくなるわけでもなく、淡々と観ていたようだった。だから、先々の映画で気になるタイトルがあったとき、「どうだった?」と聞くと、決まって「いいよ」としか言わなかった(それすら本心で言ってるか分からないレベルの返事で)。

 父の最期。リタイア後に慣れない土地に移り住み、ようやく第二の人生といったタイミングで判明した末期がんだった。闘病は母が付きっ切りで2年ちょっと。
 いよいよ危ない、と呼び出され慌てて病院に駆け付けたときのこと。昭和の九州男児だった父は寡黙であることに価値観を持っており、普段は無口だ。だがこの時は、開口一番「おまえ、何してんだ? 仕事は?」と言う。少々驚きつつ「そんなこと言うなら、元気になってよ」と返したものの、父との会話はこれが最後になった。翌朝から危篤状態に陥ったのだ。ところが、それまで病状のアップダウンが激しかったのに、危篤になった途端、なぜかまた少し安定してきた。

 時は年末、ライターにとっては1年最後の繁忙期。母や親戚は「1~2日、東京に戻って仕事片付けてらっしゃい」と私を送り出してくれた。まだまだ駆け出しのフリーライター、お仕事をおろそかにしたら生きていけないことくらい、父も分かってくれるでしょ……と。東京に戻り、手持ちの原稿の締め切りをすべて終わらせた深夜、不穏な電話が。まさか……の予感は的中し、電話の主は母だった。「あんた、間に合わないわ。多分数時間でお父さんは逝く。だから、慌ててこっちに来ないでもいい。どうせ死に目に会えないから」

 明け方。母からの「亡くなった。通夜は私が務めるから、最終の新幹線でこっちに戻りなさい」と電話。地に足が着いていないような感覚のまま、しばらく仕事を離れる連絡を各所に入れた後、『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』の試写に駆け込んだ。
 今思えば、法要が済んでからでも十分間に合ったはずなのに、そんな状態でなぜ試写に行ったのか、よく分からない。だけど、ひとときの現実逃避にはうってつけのファンタジー大作だけに、映画に呼ばれている気がした。

 終幕、華麗に現われるガンダルフ(イアン・マッケラン)や、樹木の巨人エント族のサルマン(クリストファー・リー)打倒のシーンに号泣した。その後、慌てて飛び乗った新幹線でようやく父の死に向き合う気持ちがじんわりと湧き出てきた。
 「自分の最期に付き添うことで仕事のチャンスを奪うなら、死に目はどうでもいい」というかのごとく、私に時間をくれた仕事人間の父。彼に思いをはせるとともに、それまで考えもしなかった生前の父の仕事を想像していた。

 すると、仕事の手法や内容はまったく違うものの、父と私は「映画をより多くの人に観ていただく手助けをする」ことにおいては、同じことをしていると気付き、ハッとさせられた。

 個人的に『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』は大好きな作品だ。が、100人中100人が好きになる作品ではないし、100通りの見方、考え方がある作品でもある。監督や原作者の意図をくみ取った上で、フラットな視点で、どこがマスに刺さるのかを探って伝える。
 それは物書きをなりわいとした私の仕事。だが、口下手な仕事人間の父はどうしていたか。そう、無言実行で成果を出すのみ。私が映画の評価を聞いても「いいよ」としか言わなかったのは、「おまえなりに観ればいいだろう」と言いたかったのでは? ゴオオオオオ……という車内音が、そんな思いを加速させた。

 20年も前のことなのに、こんなにもありありと思い出せるのは、映画と父の思い出が紐づいていたからだ。あの日、あの時のことは忘れようがない。むしろ、ことあるごとに、美化も劣化も色あせもせず、その時のありのままで思い出す。
 逆に映画がなければ、ここまでありありとは思い出せなかったろうし、生前の父の仕事に対する思いを考えることはなかっただろう。

 映画とは、人生とは、なんと豊かな想像力を与えてくれるものか。映画のある人生はいつもカラフルで素晴らしい。

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