
志尊淳の役に対する情熱と努力、そして芯の強さを1本の映画から紐解く
映画ライターSYOさんによる連載「 #やさしい映画論 」。SYOさんならではの「優しい」目線で誰が読んでも心地よい「易しい」コラム。今回は、『52ヘルツのクジラたち』(’24)でトランスジェンダー男性(*)を演じた志尊淳の作品や役に向かう際の信念を解説します。
(*)トランスジェンダー男性:生まれた時に割り当てられた性別が女性で、性自認が男性の人
文=SYO @SyoCinema
俳優はスクリーンやTV画面の中、あるいは舞台の上で「役を生きる」存在であり、本人/個人の部分にスポットを当て過ぎるのは自分としてはあまり得意ではない。芯がブレる気がするからだ。映画やドラマの合同インタビューの場に参加すると、「役柄とご自身との共通点は?」という質問が飛ぶことが多々あるが、自身とは別の人間に感性と技術を持って“成り切る”のが彼らの仕事であり、そんな偉業を成し遂げられるから「プロ」であるわけで、自身と役の近さを問うのは何かがズレている気がしてしまう。
ただ、俳優本人の仕事に対する姿勢となれば、話は別だ。
スクリーンには映らない情熱と努力、そして芯の強さ――今回はこの点にフォーカスして、『52ヘルツのクジラたち』の志尊淳について綴っていきたい。

本作は、東京から海辺の一軒家へと移り住んできた貴瑚/キナコ(杉咲花)の喪失と再生を描いた物語。母から虐待を受ける少年/ムシ(桑名桃李)を保護することになった貴瑚の現在と、かつて彼女を絶望から救い出した安吾/アンさん(志尊淳)との過去を行き来する構成になっている。
自分は杉咲との縁もあり、本作の劇場パンフレットの執筆などを担当した。その中で、志尊にインタビューを行なった際、彼は2018年放送の「女子的生活」でトランスジェンダー女性を演じて以来、性的マイノリティー役のオファーが増えた過去を振り返りながら、「『性的マイノリティー役なら志尊に』という安易な考えなら、引き受けることはできないと思った」と告白した。
この一言に、彼の信念が集約されているように感じる。他者へのリスペクト、俳優としての自負、いまだ不完全な業界/社会への態度――志尊はアンさんというひとりの人物を生きるだけでなく、スクリーンの中に置き去りにしない。孤立の“痛み”と、そこからの“救い”を描く本作の「魂」をスクリーン内外に関係なく体現し続けたのだ。
自身のInstagramでフォロワーから寄せられた本作への質問に答える際にも、徹底的に真摯に、それでいて毅然とした態度と歩み寄りをもって接していた姿をよく覚えている。俳優はよく、「役の一番の理解者でありたい」と願うものだが、志尊の生きざまそのものが、その言葉の意味を明快に示していた。

杉咲からの提案で公式サイトなどに、“本作には、フラッシュバックに繋がる/ショックを受ける懸念のあるシーンが含まれます。ご鑑賞前にご確認ください。”という、トリガーウォーニング(事前警告)が足されたように、作品を世に放つことは、誰かを救う一方で傷つけもする。その功罪を無視せず、すべて抱きしめようとする志尊はトランスジェンダー監修を務めた若林佑真(キナコの同僚役で出演もしている)と二人三脚で徹底的にコミュニケーションを取り、互いの思考と価値観を擦り合わせながら役に血を通わせていった。
「間違いなく、アンさんという役は佑真くんと2人で作ったものです」(パンフレットより)と語る彼の意をくむのなら、本作における彼の演技を「俳優・志尊淳の功績」のみで評することはふさわしくない。もちろん、カメラのフレームに収まるのは彼ひとりで、究極的には自分の心と体一つで演じなければならないものであり、志尊の表現力だけに絞っても貢献度は非常に高いのだが、彼を孤立させてしまいたくない私的な気持ちの方が強くある。
コロナ禍で劇映画の仕事が頓挫し、急きょドキュメンタリー映画に変更したという『人と仕事』(’21)の中でも垣間見えた俳優・志尊淳の人となりと仕事への向き合い方。前出のパンフレット取材の中で、彼はLGBTQ+インクルーシブディレクター(*1)のミヤタ廉、インティマシーコーディネーター(*2)の浅田智穂といったスタッフ陣の名も挙げながら「この体制を業界スタンダードにしないと」と語った。そうした働きかけの面でも、志尊淳という表現者の今後に願いを託さずにはいられない。
(*1)LGBTQ+インクルーシブディレクター:性的マイノリティーに関するセリフや所作、キャスティングなどを監修
(*2)インティマシーコーディネーター:俳優がヌードになるシーンや、身体的接触のあるシーンなど、センシティブなシーンにおいて俳優の安全を守り、監督の演出意図を最大限に実現できるようにサポートする職業

▼『52ヘルツのクジラたち』の詳細はこちら
▼WOWOW公式noteでは、皆さんの新しい発見や作品との出会いにつながる情報を発信しています。ぜひフォローしてみてください。
クレジット:©2024「 52ヘルツのクジラたち」 製作委員会