“ネガティブ”なキャラクターを“ポジティブ”に反転させる、岡田将生の「人間力」を紐解く
文=SYO @SyoCinema
デリカシーがない、ひねくれ者、神経質、口が悪い……。実生活ではあまり付き合いたくない他者が、この上なく魅力的に見えてくるのが、映画の魔法。脚本や演出によるところも大きいが、やはり“人”――つまり俳優の力が最重要に感じる。「嫌われ者役」という属性を背負ったマイナスのスタートながら、人間的な面白みや深みに変換し、あろうことか観客に愛されてしまう。そうした特長を遺憾なく発揮させているのが、岡田将生だ。
美しく、爽やかで、人気者。最近開設した彼のInstagramの投稿を眺めているだけでほほ笑ましい気持ちになってくる。しかし岡田がこれまで演じてきた役柄は、どこかにネガティブポイントが交ざっている。完全無欠のヒーローのような人間よりも、どこか暗さがあったり闇を抱えていたり、ダークやシリアスな作品でなくても他者を他意なく傷つけてしまうような“欠陥”があって、なんとも複雑な役柄ばかりだ。
『重力ピエロ』(’09)で演じた天才肌の弟、『告白』(’10)の勘違い教師、『悪人』(’10)のクズ男、『何者』(’16)のカッコつけ大学生、『伊藤くん A to E』(’18)のトラブルメーカー、『星の子』(’20)の二面性がある教師、『さんかく窓の外側は夜』(’21)の感情が欠落気味な除霊師、『Arc アーク』(’21)で扮した気鋭の経営者、『CUBE 一度入ったら、最後』(’21)でのサイコな青年…などなど、周囲や世間、あるいは社会とどこか食い違っている“ズレた”人物をみごとに顕現させてきた。
カンヌ国際映画祭や米アカデミー賞ほかに輝き、日本映画史に残る作品となった『ドライブ・マイ・カー』(’21)で演じた“コミュニケーションの手段や意識が異質”な俳優は、見ているこちらがうまく言語化=理解できないが有無を言わせぬ説得力で屈服させられてしまうような、すごみを持っている。主人公を幾度もかき乱すのに、去り際にははかなさや名残惜しさを感じさせてしまうから恐ろしい。
岡田の代表作の一つとなった「ゆとりですがなにか」シリーズ(’16、'17、’23)や、坂元裕二の脚本との高い親和性を発揮した「大豆田とわ子と三人の元夫」(’21)も、他者とズレている役どころがファニーな魅力へとつながっていた。前者ではなんとか社会や時代に沿わせようとするも空回りし続けるさまが親近感を生み、後者では苦手な対人コミュニケーションを少しずつ頑張ってゆく姿がいじらしさを醸し出していた。
ここまで紹介してきたように、こうした岡田ならではの魅力はジャンルを問わずに役どころを立体化していく。そして、『天然コケッコー』(’07)の山下敦弘監督、「ゆとりですがなにか」シリーズの脚本家、宮藤官九郎と再び組んだ『1秒先の彼』では、マジカルなラブコメにピタリとハマることを証明してみせた。
本作は、日本でも話題を呼んだ台湾映画『1秒先の彼女』(’20)の日本リメイク。オリジナル版とは男女を逆転させ、京都を舞台にした物語が展開する。何をするにも人よりワンテンポ早い郵便局員のハジメ(岡田将生)と、ワンテンポ遅いレイカ(清原果耶)の交流を描いていく作品だ。「自分の1日が消えた」という不思議な体験をしたハジメが、その日に何があったのかを調べていくうちにレイカにたどり着く……といったストーリーで、さまざまな伏線が回収されていく。
山下監督らしいほっこりしたテイストの作品なのだが、主人公のひとりであるハジメが分かりやすく愛すべき人物かといえばそうではない。常にワンテンポ早いため「自分に合わせない」周囲の人間に対してどこかイライラしているし、妙にプライドが高くて口も悪い。バスの降車ボタンを押すのが遅れた他の乗客に不満をぶつけるような人物で、SNSに書かれたら炎上しそうな不寛容丸出しの悪癖を持っている。
もちろん人当たりがよくないといっても他人想いな部分はあるし、仕事もちゃんとこなす人間であり、よく言えば効率的なところもある。しかし無条件に推せるかといえばそうではない。どこかこの早回しの現代の世相を過剰に反映してしまったような要素もあり、「自分にもこういうところあるな……」とちくちくした想いで見てしまう観客もいることだろう。
ただこのハジメ、恋愛ごとになるとめっぽうピュアになり、ストリートミュージシャンの桜子(福室莉音)に対して岡惚れ状態になってしまう。恋愛の悩みやのろけを誰かに聞いてほしいが、友だちがいないのでラジオに投稿する――といった行動を取ったり、周りが見えなくなったりしてしまう(だが本人は幸せ)。
これは個人的な感覚だが、良くも悪くもわれわれ観客は他者へのジャッジが厳しくなったところがあるように感じる。キャラクターが不道徳な行動をすれば作品ごと低評価を下してしまったり、キャストや監督に対しても「常に清廉潔白であれ」と(時に過剰な)期待を寄せる傾向が強くなってきた感がある。もちろんよりよい社会に向けて不可欠なことではあろうが、自分を棚に上げて他者をジャッジするのは何とも危ういなと思ったりする――という話はまた別の場所でするとして……。
こうした「恋愛になるとピュア化する」ギャップも、先に述べたハジメの性格を見ていると、魅力的に感じられずむしろ嫌悪感が強まる危険性はいまの時代において間違いなくある―。にもかかわらず「全くもう、コイツ憎めないな!」と思わせてしまうのは、やはり岡田が醸す「人間力」あってこそなのだろう。
希少なネガポジ反転スキルを持つ俳優、岡田将生。この先どんな“憎まれ役”を好意的に演じてくれるのか、楽しみでならない。
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