そこにしかない、鮮度のある情報を!WOWOWテニス中継の統括プロデューサーが現地にこだわるワケ
皆さんがテレビでスポーツを見ている時に、おそらく誰にも意識されない所で、愚直に仕事をしている人たちがいます。今回は、そんなスポーツ中継の舞台裏にあるストーリーをお届けしたいと思います。
WOWOWのスポーツ部テニス班には、プロデューサーとしてその「中継」にこだわり続ける人がいます。彼曰く、WOWOWの中継は「現地感」の創出に並々ならぬ想いがあるとのこと。
コロナ禍で劇的な変化に直面しているテニス界について、最前線を走り続ける人物に聞きました。
取材・文=岡田隆太郎
テレビ向きではないかもしれない。だからこそテニスは面白い。
ーーー「WOWOW」といえばテニス中継、と思い浮かべる人も多いはずです。
須川:1992年の全豪オープンから放送をスタートしているので、約30年お届けしていることになります。四大大会やツアー大会など、総合エンタテインメントの放送局がスポーツ専門局レベルのボリュームで放送と配信をしているという意味では、実は世界の中でも珍しい存在かもしれません。
【須川賢一】
2003年にWOWOWへ入社後、番宣制作の部署を経て2008年よりスポーツ部でテニスを担当。その後2011年からは映画部、ロサンゼルス駐在事務所など複数部署での経験を積み、2018年8月から再びスポーツ部に戻りテニスを担当することに。現在は統括プロデューサーとして、WOWOWのテニス中継の方針を固めるところから現場の最前線まで、多岐にわたって業務を遂行している。
ーーーずばり、「テニスの魅力」とは?
須川:テニスは試合時間が全く読めません。それこそ数十分で終わることもあれば5時間続くこともありますし、雨が降れば試合が止まります。現代はテレビ放送向けにルールをアレンジしているスポーツも多いですが、テニスは歴史あるスポーツなので改変が難しい。そういった明らかにテレビ向きではない要素も個人的には魅力の1つだと考えています。
また、最後の最後まで勝敗がどちらに転ぶか分からないので、スリリングな展開は見ていて楽しいです。プレイスタイルや戦略も選手によって違うし、一瞬の気の緩みから試合がひっくり返ることもある。
ひとつのプレイで空気が変わったり、もう終わりそうだと思っていたところから何時間も試合が続いたりと、本当に先が読めないんです。だからこそ最後に命運を分かつのは「メンタル」ではないかと長年にわたって競技を見続けてきて思うようになりました。
各個人のスキルやテクニックは一見して分かる物ですが、表には見えないメンタルの強さや進化は分かりづらいからこそ奥深いです。細かい人間模様や精神の揺れ動きに注目してみると、テニスに対する見方が変わるのではないでしょうか。
ーーー選手のメンタル部分に注目するのは興味深い視点です。テニス中継を見るファンの方々に、こんな風に楽しんでもらいたいという思いや考えはありますか?
須川:現在のテニス界には男子を例に取ると、長年にわたりトップを走り続けているフェデラー、ナダル、ジョコビッチの3選手がいます。テニスの歴史を日々塗り替え続けている伝説的な選手が三人も、しかもリアルタイムで見られるのは、非常に幸運な事だと思っています。
また、WOWOWではテニスの頂点であるグランドスラム4大会だけでなく、世界各地を転戦するツアー大会も中継しています。さらにメインコートだけでなく、可能な限り多くのコートの試合をお届けすることで、視聴者の方々によりテニスを幅広く楽しんでもらいたいと考えています。
実は世界の中で見ても、WOWOWほどのボリュームでグランドスラムを届けているメディアは数えるほどしかありません。テニス文化が根付いている欧州やアメリカの放送局に負けないレベルの試合数を、オンデマンドでの配信も含めて届けることができるようになりました。
これからの時代を担うであろう若手を発見したり、自分だけの推しを見つけたり、はたまたルックスが好みの選手を探したり、いろんな楽しみ方があると考えています。
プロデューサーは「不測の事態」に襲われ続ける
ーーーここからは須川さんのお仕事についてお伺いしたいです。
須川:プロデューサーの仕事はお客さまが求めるものを正しく、早く、魅力的に伝える事です。
その為の準備は数ヶ月前から始まり、施設や中継回線、機材、航空券やホテルなどハード面のみならず、出演者やスタッフのソフト面の手配や管理、中継前は構成やテロップ、VTRの確認、試合後の取材申請まで多岐に渡ります。いざ中継が始まると予期せぬことも多々起きるので、対応できる瞬発力と判断力がかなり必要です。
私は今、プロデューサーとして現場を担当しつつチーム全体の統括もしていますが、改めてプロデューサーだけでは何もできないなと感じることが多いです。
出演者、制作スタッフや技術スタッフの方々など、周りの人の力を借りて初めて番組は完成します。だからこそ、プロデューサーの存在意義は全体を俯瞰で捉えて冷静でいること。グランドスラム中継の現地では通常、4〜50名のスタッフを取りまとめているので、海外でスタッフ全員の安全を守る自覚を持って行動しています。
ーーーご自身はプロデューサーに向いていると思いますか?
須川:いや〜向いてないと思いますね!人見知りだし(笑)。でも、プロデューサーにはいろんなタイプの人がいていいと思うんです、というか思いたい。
コミュニケーション能力や発信力があって、そういった能力で巻き込んでいくタイプもいれば、僕みたいなどちらかというと寡黙なタイプもいます。自分なりのアプローチを続けていればなんとかなったので、あまり向き不向きはないかもしれませんね。
ただ、現場の気持ちをまとめて繋ぎ止めるのが、プロデューサーにとって何より大切な仕事です。グランドスラム中継では異国の地で準備も含めて3週間チームとして動くので、現場の雰囲気作りはこだわっていますし、それができないと信頼されないので。
また、プロデューサーはスピード感があって能動的に動けるマインドの方が有利です。企画時点での想定と実際のゴールが必ずしも結びつくわけじゃないですし、その時々のベストな方向にシフトしていかなくてはならないことも多々あります。
ーーーやりがいや醍醐味について教えてください。
須川:冒頭でも少し申し上げましたが、テニスの中継は雨が降ったり試合の長さがわからなかったり不確定要素が多いです。個人的には、日々の大会中継で、何もかも想定通りにいった日は、これまで1日もありません。だからこそさまざまな展開を予測して瞬時に判断しないといけません。
経験値が活かせる場面もあれば、それが足枷になることもあるので、何かに囚われすぎて新鮮な気持ちが持てないと誤った判断になる場合もある。常にインプットをしなくてはならないし、正解が必ず導き出せるわけでもないので、そういった意味ですごく刺激的な仕事だと思います。
コロナ禍でも現地中継にこだわった2020年の全仏オープン
ーーー不測の事態への対応力といえば、今年はコロナ禍でイレギュラーも多かったのでは?
須川:おっしゃる通りで、本来は5月に行われるはずの全仏オープンがイレギュラーで史上初の秋開催。全米オープンは無観客試合でした。1月にあった全豪オープンのタイミングでは、山火事による煙のせいで試合ができないかもしれず、一時期はその話題で持ちきりでしたし当時はかなりのビッグニュースだったのですが…。今年を振り返ってみると、全豪のニュースはまだ序章だったなと思わずにはいられません。
大会を中継するために現地にいくことが、我々にとって当たり前のルーティンになっていましたが、大会側が開催可否そのものを議論せざるを得ない状況には愕然としました。
全米に関しては協会側の判断で、我々を含む海外メディアが現地に行くことができなくなりました。一方で全仏は時期をずらして動員する観客は削減するものの、条件つきでメディアが会場入りする許可はおりた。ともすると、やはり現地に行くことは我々の使命です。
現地に行く場合はどんな体制を組めばいいのか。東京にいる人員はどう対策してどう準備するのか。一時期は取材の準備よりもコロナ対策をどうするかで走り回っていました。
結果的に全仏は最小人数で現地に行ったのですが、そのリソースでどこまで対応できるのかヒヤヒヤする毎日。少しずつ「こういうことができるかもしれない」と、可能性を模索しながら動いていたら気づくと大会が終わっていましたよ(笑)。
2020年の全仏オープン。コンパウンドと呼ばれる世界の放送局が仕事をする建物
ーーーWOWOWがテニス中継をする上で意識していることやこだわりはある?
須川:ひとつは偏らない中継をすること。世界トップレベルの戦いの魅力を最大限に引き出してお伝えするために、フラットな視点で両者の良さを伝えていくこと。これはテニスに限らず、WOWOWのスポーツ中継のDNAとして、開局当初より引き継がれてきたものです。
中継中って次の試合の準備をしたり、いろんな業務が並行して進んでいるので、実は試合を集中して見られないことがほとんどです。だから試合後にその中継を見直すことで視聴者感覚を忘れずにインプットしたり、WOWOWのお客さまからの声を参考にしたり、地道なことを繰り返して少しずつ放送内容をアップデートしています。
もうひとつは現地感を演出すること。特にグランドスラムは、各国の文化や特色が前面に出る2週間のイベントだと思っているし、各大会もそういった試合以外の要素でテニスファンを楽しませる方向にシフトしてきている。そして様々な嗜好を持つWOWOWのお客さまを相手に、単なるスポーツとして紹介するのは勿体ない。
テニスにそこまで詳しくない方でも楽しめるように、会場の華やかな雰囲気や、例えば食に関する情報をお届けしたりすることで、スクリーンを通じてその「場」を体験していただきたいんです。
言葉にすると難しいのですが、試合と試合の合間にどんな内容を届けるか、はたまたどんな特集企画を組むかで、トータルの満足度も変わると思っています。中継のメインコンテンツは試合そのものなので、全体の占める割合に比べると時間はごく僅かなのですが、現地感の答えをずっと探しています。
ーーー全仏では現地に行かれたとのことですが、特に今年は現地感の演出が難しかったはずです。
須川:そうですね。現地感にこだわっているとはいえ、世の中の情勢的にも現地に行く選択そのものが正しいのか分かりませんでした。ただ、WOWOWはこれまで世界の最前線で長年にわたって中継をしてきた自負がありましたし、先輩方の地道な努力もあって大会の運営サイドから一目置かれている存在です。
もちろんこのご時世なので、人を送らないかわりに中継全体のボリュームを減らすという選択肢もありました。ですが全米とは違い、先方が海外の放送局を受け入れるということもあり、現地に私を含め最小限のスタッフを派遣することで、長年やってきたWOWOWグランドスラム中継の質と量を保てる、ということが分かった。あらゆる安全対策を施した上で現地に行く、という結論に至ったんです。
現地に行ったことで、毎日届けるべきトピックは出せたと思います。季節的な影響もあり、通常の大会よりも天気が悪く、寒かった。本来の大会と気候が違うこと、その中で選手がどうモチベーションを維持するかなど、微々たることにもニュース性はありました。
2020年全仏オープン最終日。決勝直前、練習後のナダル選手
テニスを観る文化を定着させることがWOWOWの使命である
ーーーWOWOWのテニス中継は網羅性が特徴的な印象です。
須川:日本における「テニスを観る文化」を広げるために、今活躍しているトップの選手だけでなく次世代の選手にも光を当てたいんです。現在、男子テニス界で言うとTOP3は10年以上君臨し続けているのですが、永遠に彼らが現役であるわけではありません。
今後のテニス界を担う選手の存在が必要であり、視聴者の方々にも、そういった選手の魅力を伝えたいんです。試合そのものを中継するのはもちろんのこと、「なぜその選手が注目選手であるのか」を企画VTRにして放送するなど、少しずつでも将来有望な選手を知っていただくことがテニスを観る文化を根付かせるうえで重要だと感じていて。
テニスって、とても奥が深いゆえに魅力をわかりやすく伝えるのは簡単ではないスポーツだと思うんです。でも、だからこそテニスファン同士の熱量は高いし、その繋がりを強くするために弊社が一役買いたい。
おこがましいかもしれませんが、そんな使命感を持って仕事をしています。
ーーー次世代を担う選手の台頭にフォーカスしているとのことですが、個人的な注目選手はいらっしゃいますか?
須川:イタリアのヤニック・シンネル選手です。すでに世界でも注目され始めていますが、恵まれた体躯から出るパワーとしなやかさが、見る者を惹きつける魅力を醸し出しています。19歳とは思えない終始落ち着いた姿も印象的ですね。
ーーー現在人気を牽引している選手が引退した後もテニス中継は楽しめますか?
須川:繰り返しになりますが、我々はテニスを観る文化を根付かせることが使命だと考えています。有名選手をきっかけにWOWOWのテニス中継を知ってもらった方々に対し、プラスアルファで1人でもいいので応援したい選手を見つけてもらえるような工夫をしたり、企画を考えています。
視聴者やファンの方からもたくさんご意見をいただきます。地道ですが、いただいたフィードバックを元に改善し続け、少しでも多くの人の心を動かせるような中継をこれからも届けていきたいと思います。
ーーー須川さんが考える「心を動かす中継」とは?
須川:基本的にテニスの中継は長時間、長期間にわたるので、トータルの評価がすごく難しいんです。この部分はよかったけど、この部分は改善の余地があるよね、という地道な修正を繰り返して、少しずつクオリティをアップデートしていくしか方法がない。
もちろん自分の感覚ではなんとなくありますけどね。ただ、視聴率などの数字では計り知れない部分も確実に存在していて判断がしづらい。
ファン目線で考えてみると、中継における最大の功績は「いい試合が見せられること」なんでしょうけど、いい試合になるかどうかは誰にも分からない。毎回、選手同士が白熱した試合を繰り広げてくれるように祈る気持ちですよ。
ただ、何が起きても撮りこぼしがないように、そして現地感をしっかりお伝えできるように万全の準備をしておくことが、我々の役割だと思います。
ーーーこれから挑戦したいことはありますか?
須川:規模が大きくない大会やツアーを主戦場とする選手の救済処置がテニス界全体として急務となっています。トップの選手だけじゃなく経済力が脆弱な選手に対するサポートが整わないと、中長期的にはテニス界全体のバランスが崩れます。
我々の武器は番組を作り、届けることにあると思うので、限られたトップ選手だけでけなく、テニス界の未来を担う選手たちのプレーも大事に届け続けることで少しでも貢献できればと考えています。
これからも真摯にテニスと向き合う姿勢を崩さずに、視聴者の皆さまにより満足していただけるようなコンテンツを届けていきたいと考えています。