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「アカデミー賞授賞式」の生中継と字幕版、どちらも現場は「生」の緊張感。ギリギリまでこだわる番組制作の舞台裏を担当プロデューサーに聞いた。

日本時間3月13日(月)に開催される「第95回アカデミー賞授賞式」。長年、授賞式の模様を現地アメリカと日本のスタジオから生中継でお届けしているWOWOW。今回のコラムでは、番組プロデューサーを務めているWOWOW 制作部の大垣宏人が生中継の現場と、当日夜に放送する「字幕版」の放送について、舞台裏をたっぷり語る。これを読めば「アカデミー賞授賞式」がもっと楽しみになるはず!

受賞式の“すべて”を楽しんでいただくために

—アカデミー賞授賞式当日、放送に向けて大垣さんのスケジュールを教えてください。

大垣「まずは前日に(日本のスタジオの)リハーサルがあるので、そこからスタートしています。早朝から美術セットの建て込みが始まります。セットが出来てくるとやっぱりテンション上がりますね。お昼過ぎから技術周りの打ち合わせとスタジオのリハ。また、現地と中継をつなぐテストも行なっています。だいたい夕方には終わるんですけど、その後、そのリハを受けての修正や調整、番組中に流すVTRとかもギリギリまで作っていて、終わるのは22時過ぎ。翌日の本番当日は午前2時、3時にはまたスタジオに入るので、その間1時間寝るか寝ないか…という感じです。そのまま生中継と夜の字幕版の放送で、この2日間はほとんどぶっ通し…という感じになります」

—授賞式自体のスケジュールは事前に把握されているのでしょうか。

大垣「数日前から授賞式のスケジュール表が届きます。ただ完全には埋まっておらず、毎日少しずつ更新されたものが送られてくるので、それを見ながら番組の準備を整えていくという感じですね。本番前日に現地のリハーサルが行なわれるのですが、それは音声だけ送られてくるので、『こういうことが起きるんだな』という情報を得て、例えばテロップを用意したり、スタジオでのコメントを準備したり直前まで調整しています」

—当日は現地のレッドカーペットの中継から始まりますね。

大垣「レッドカーペットはいろんな大スターの素顔が見えるのが楽しいところだと思うので、それも含めて放送しています。レッドカーペットの中継は(日本時間の)朝7時半から開始するんですけど、その1時間半前くらいから会場に来る人もいるので、それは収録しておきます。レッドカーペット自体は4時間くらいで、有名スターの来る時間帯はだいたい分かっているんですけど、ほかの方は何時ごろに来るかをエージェントにリサーチして情報を仕入れ、スタンバイしています。でも、結局はほとんど生もので、その場に来た人を『あの人をつかまえよう!』って、毎年現地リポーターが頑張ってキャッチしてくれています。
 インタビューのカメラが入れるのは、各国の放送権なり配信権のある企業やアメリカのエンタメ局で、毎年スペースが与えられています。WOWOWの場所はだいたい毎年同じで、レッドカーペットの真ん中より少し入口に近い辺り。お隣も毎年同じ海外の局の方だったりしますね」

—そしていよいよ本番スタート。授賞式を届ける上で意識していることはありますか。

大垣「WOWOWのお客さまには映画に親しみを感じている方が多いと思います。そんな映画好きの方々に向けて、世界の映画の“1年間の総決算”として、受賞の行方はもちろん、事前番組やスタジオパートも含めてすべてを楽しんでいただきたいという想いで毎年制作しています。個人的にも本当にアカデミー賞が好きなので、大変ですが、楽しいからやれる、という部分も大きいです。この1年間いろんな映画を観てきたのが、この権威あるアカデミー賞でどういう扱いをされるのかを見るのはもちろんなんですけど、授賞式自体もすごく作り込まれた面白いショーになっているので、それをいち早く見られて、さらにそれをお客さまに届けられることも本当にうれしく、そんな気持ちで制作しています」

—アカデミー賞は、俳優や監督だけでなく制作スタッフに光が当たるのも特徴ですが、それについて思うところはありますか。

大垣「同業者が同業者に投票するというシステムのアワードなので、現場の会場の雰囲気がとっても温かい感じがするんですよね。全員が全員をリスペクトしているのが伝わってきて、本当に素敵なイベントだなと思います。また日本のスタジオ出演者の方々も、その雰囲気を感じてコメントしてくださっていて、映画は国境を越えるんだなということを実感しています」

本番前の日本のスタジオ。座っているのはスタッフ

この10年間での授賞式の変化

—昔と今とで授賞式が変わったと思うことはありますか。

大垣「映画はその時代の社会を反映するようなものだと思うので、例えば近年は多様性を取り入れていたり、アカデミー賞自体も社会の変化を捉えて変わってきているなと感じます。生中継では毎年4、5人の方に同時通訳をお願いしているのですが、2010年代からはメキシコ人監督が多くノミネートされたり、近年ではアジア系の方が増えているので、英語以外の言語でスピーチされる場合に備えて、英語以外の言語の同時通訳の方に来てもらうこともあります。アカデミー賞が英語圏だけじゃなく、開かれてきている影響ですね。
 あと変化を感じるのは、10年ほど前までは、ノミネート作品で事前に(日本で)観られるものは上映前の試写を含めて全部で10本くらいだった気がするんですけど、今は20本くらいは観られる状況になっています。ドキュメンタリー部門や短編は、日本ではほとんど観るすべもなかったのが、今では配信で気軽に観られる。うれしい反面、『観られるなら観とかなきゃ!』ってなるので、自分もスタッフも、また出演者の皆さんも事前にそれだけ多くの作品を観ることになって、大変になったな…というのはあります」

—でも、だからこそ盛り上がる、注目が集まるという。

大垣「はい、それはもちろん! あと、去年の『ドライブ・マイ・カー』(’21)の国際長編映画賞受賞の快挙だったり、その前だと第91回(2019年)の是枝裕和監督の『万引き家族』(’18)の外国語映画賞(現:国際長編映画賞)ノミネートだったり、日本映画が注目を集める機会が多くなっていて、国内での盛り上がりも感じています」

—そんなアカデミー賞授賞式ですが、これまでの授賞式で印象に残っていることはありますか。

大垣「印象というか、焦ったのは昨年、回線が3回もダウンしてしまって…。予備も用意しているのですが、全部落ちてしまうというピンチに。その時の対応は焦りましたね。また、ウィル・スミスがクリス・ロックをビンタしたあの瞬間は、本当に何が起こったのかよく分からなくて…。今のは何だ? 何が起きた? 演出なのか? とか、慌てましたね。そこで『いったんスタジオに戻しましょう』というような判断をするのがプロデューサーとしての役割で。生だからこそ、この先で何が起きそうかを常に考えていますね。
 ほかに思い出に残っているのは、第92回(2020年)のとき。中島健人さんとアカデミー賞関連番組の事前ロケでLAを訪れた際、夜の自由時間を利用して、中島さんたちと『パラサイト 半地下の家族』(’19)を現地の映画館へ観に行きました。映画館内の(アジア系でない)お客さんが笑ったり、リアクションしたり楽しんで観ているのを目の当たりにしました。この年、外国語映画が作品賞にノミネートされたことだけでも予想外でしたが、国際長編映画賞以外に脚本賞、監督賞、まさかの作品賞まで受賞して、現地で中島さんや、一緒にレッドカーペットリポートしていただいた河北麻友子さん、スタッフのみんなと授賞式の中継を見ながら最高に盛り上がったのは良い思い出です。
 あと、コロナ禍真っただ中の第93回(2021年)。日程は延期され会場も変わる中、授賞式のプロデューサーにスティーヴン・ソダーバーグ監督がアナウンスされ、どんなショーになるのか楽しみにしていましたが、いざ始まるとオープニングからレジーナ・キングが長距離を歩く姿を長回しで見せる、まるで映画のワンシーンのようなカットに心をつかまれました。コロナ禍で日本のエンタメ界も大変なことになってましたが、あの状況でもこんなすごい映像を作るハリウッドの中継チームに感激しました。『何としても実施するぞ!』という強い意志を感じ、翌2022年にはもうステージでのパフォーマンスが復活。恐らく今年は、昨年に輪をかけて素晴らしいショーを見せてくれるんじゃないかなと思います」

第92回(2020年)の現地レッドカーペット付近の様子
第92回の授賞式翌日のドルビーシアターのパネルに『PARASITE』(パラサイト)の文字

字幕版放送の裏側は「生」の緊張感

—生中継の同日夜に字幕版の放送があります。どのような体制で作っているか教えてください。

大垣「長年、生中継当日の夜に字幕版を放送するというスタイルを続けています。生中継の裏では既に字幕チームの作業がスタートしていて、授賞式全体を複数のロール(巻)に分けて、複数の編集室で、随時字幕付き映像をどんどん作っていくんですが、字幕版の放送スタート時点では、まだ字幕が最後のロールまで出来上がってないんです。出来上がったロールを先頭から順次放送していくので、やっていることは生中継と同じ状態。放送の裏では、字幕がどこまで上がってるか、どこが遅れているかっていうのを確認しながら、祈るように見守っている…(笑)。昔、まだテープの時代だった時に最後のロールが出来上がらなくて、放送の5分前に滑り込みで収めたことも。昨年も10分前を切った状態で出来上がったロールもあり、肝を冷やしていましたね。本当は、もっと早く上げることもできるんですけど、少しでも分かりやすい翻訳や字幕を作ろう、間に合うんだったらギリギリまで全部訳そうとこだわって作業するので、ギリギリになってしまうんです」

—生中継と字幕版、視聴者にはどのような楽しみ方をしてほしいと思いますか。

大垣「朝の生中継は、リアルタイムの熱をそのまま楽しんでもらえたらいいなと思ってますし、夜の字幕版に関しては、生中継ではうまく訳し切れてなかったところをきちんと補完して、分かりやすい字幕が付いた状態になった授賞式を、ぜひもう一度楽しんでもらえたらと思っています。どちらも見ていただきたいですね!」

—番組に対しての視聴者の声を聞くことはありますか。

大垣「毎年、放送が終わった後に番組に感想が寄せられているのは見て、翌年の参考にしています。今年に関しては、WOWOWオンデマンド(パソコンのブラウザ版のみ)にチャット機能を導入します。お客さまに書き込んでいただいた意見や感想も、生中継の番組内で触れていけたらいいなぁと思っています。チャットは反応が早いので、同時に見ているたくさんの方、またスタジオの出演者も含めて、一緒になって楽しんでもらえたら!」

—最後に今年のアカデミー賞授賞式を楽しみにしている方に向けて、ひと言お願いします。

大垣「出演者の皆さんやスタッフ含め、長丁場でしんどい現場ではありますが、それぞれ受賞予想なんかもしつつ、カメラに映ってないところでもみんなでワイワイしながら授賞式を楽しんでます。月曜の午前中ではありますが、映画好きな友人・知人で集まってご覧いただくとさらに楽しくなると思います。年に1度のお祭りです。ビールやワインも開けちゃいましょう!」

クレジット(トップ画像) 写真:AFP/アフロ

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