普通のお父さんの奮闘劇を観て思う、“普通じゃない”僕のお父さんの事【#エンタメ視聴体験記/中山功太】
文=中山功太
自分の父親について考える度に、僕は自分の中でジャンル分けできない感情になる。
父親は若い頃から狂ったように働き、祖父から受け継いだ木工所を株式会社にし、二代目社長として国内外に沢山の工場を建て、ソファーベッドの製造販売を行っていた。
父親は基本的にはソファーもベッドも作らなかった。闇雲にソファーベッドだけを作り続けた。
中学生の頃、会社のパンフレットを見ながら父親に、なぜソファーベッドしか作らないのか? と、聞いた事があったが、少し照れたように笑ってはぐらかされた。
数時間後、父親は「なんでお前にそんな事言われなあかんねん!」と叫んで僕の顔面をグーで殴ってきた。
それほどセンシティブな質問だとは思わなかったので少しだけ驚いた。
なぜ「少しだけ」なのかというと、父親は僕が幼い頃から、言い方は悪いが、完全にイカれてる人だったからだ。
僕は幼少期の頃から、父親の稼ぎのおかげで、欲しいものは何でも買ってもらえた。おもちゃ、ゲーム、望遠鏡でも、欲しいものは何でも。それは4歳年上の兄も同じだった。
だけどそれはそんなに嬉しい事じゃないとすぐに気付いた。
本当は他の同級生みたいに、休みの日は父親に遊んでほしかった。
幼稚園児の頃、とある日曜日、珍しく父親が僕だけを車に乗せて遊園地に連れて行ってくれた。僕だけを連れて行ってくれた理由はのちに知るのだが「兄より僕の方が好きだったから」だそうだ。
僕は巨大なタコの乗り物が大層気にいった。円形の機械の中央にタコの頭があり、伸びた8本の足が高速でメリーゴーランドのように回転し、足の先端にある座席が激しく上下する、当時としてはかなりスリリングなアトラクションだった。
僕は父親に一緒に乗ろうと提案したが「ワシは乗らん」と言って腕を組んでいた。
その頃から不穏な空気感はあったが、僕がもう一度乗りたいと言ったあたりから、父親の表情が鬼に変わっていた。これは「鬼のような顔」という例えとしての鬼ではない。父親は怒ると顔が真っ赤になり、パブリックイメージとしての鬼そっくりになるのだ。
回り続けるタコの足が先程まで父親だった人の前を通る度に、昔話の赤鬼が何かしらの罵声を浴びせているようだ。その顔はアトラクションのタコの赤さを遥かに超えていた。
機械が止まり、短い階段を降りて赤鬼に近寄ると、彼はわめき散らした。
「お前は楽しいかも知らんが、ワシは何にも楽しくない。今もしワシが帰ったら、どうする?」
僕は思案した。
どうする?...もしお父さんが帰ったら?...ていうかなんで帰るねん?
その刹那、赤鬼は雄叫びをあげながら猛スピードで駐車場へと走り出した。もう、気のせいかツノも生えていた。
のちに迷子案内のお姉さんに聞いた話だが、数時間前に僕を遊園地まで乗せてくれた、なにわナンバーの白い車は、とんでもない速度で駐車場を飛び出したそうだ。
泣きながら自宅へ電話し、結局いとこのおじさんが迎えに来てくれたのだが、いとこのおじさんに父親に捨てて帰られた理由を説明しても、普通そんな事で帰る訳がない、と言い張った。
僕は地元の見慣れた街並みが滲んでいるのを感じながら確信した。
僕のお父さんは普通じゃないんだ、と。
「マイホームヒーロー」についてはずっと書かせていただきたかった。
アプリで検索している時に原作に出逢い読ませていただいたのだが、最近読んだ漫画の中で一番面白かったし、一番好きだったからだ。芸人仲間に「最近面白かった漫画は?」と聞くと、確実に名前が挙がる 。
原作は「100万の命の上に俺は立っている」も好評な山川直輝先生。この方はどんな題材の話も面白く仕上げる、深くて広い才能を持った数少ない作家さんだと思う。
作画は「サイコメトラーEIJI」「クニミツの政」でお馴染みのレジェンド、朝基まさし先生。この方の絵が嫌いな漫画好きなんていないと思う程、カッコよくて読みやすい。
週刊ヤングマガジンの本気、講談社さんの本気が伺える素晴らしいタッグだ。
推理小説好きのサラリーマン・鳥栖哲雄は、妻・歌仙との間に授かった、一人暮らし中の大学生の娘・零花を溺愛している。
ある日、零花の顔に暴力の痕跡を見つける。その傷が犯罪組織のメンバーである零花の彼氏・麻取延人によるものだと知り...。
第一話からフルスロットルで展開していくので、内容については書けないが、見始めたら途中でやめる方が難しいだろう。
主人公が推理小説好きだという設定が、これでもかと言うほど活きていて、まるで共犯者になったような不思議な感覚が押し寄せてくる。
大好きな漫画のアニメ化となると、観る前は期待と不安が入り交じるものだが、本作はパーフェクトだった。
原作に忠実な展開と、作画や構図。
「まさにそういう声で聴きたかった」と思わせてくれる声優さんたちの熱演。
スリルを掻き立て、時に登場人物の心情に寄り添う音楽や効果音。
カッコいい女性ボーカルのオープニングテーマとエンディングテーマ。
個人的に本作のオープニングテーマは女性ボーカルが合うと思っていたが、プロの作り手はエンディングテーマまで女性ボーカルで固めてきた。
また、残酷描写が適度に抑えられている事により、幅広い年齢層の方が楽しめるようになっている。
「人気漫画のアニメ化」の満点を見させていただいた気がした。
正直、漫画のアニメ化で滅茶苦茶にされた、僕の大好きな「○×○<8〒○○」(自主規制)や「×☆☆*○>¥○☆○☆」(自主規制)も、本作のスタッフの皆さまにリメイクしてほしいと思ったぐらいだ。
ハードなサスペンス作品のはずなのだが、マイホームヒーローこと、お父さんと、その妻であるお母さんの「普通っぷり」が垣間見えて、安心できる。
絶妙なバランスで目まぐるしくストーリーが展開していく今作は、普段漫画やアニメに触れてこなかった、海外ドラマ好きの方にも絶対に刺さると思う。
自信を持ってお薦めできる傑作だ。
話を我が家の「普通じゃない」お父さんに戻したい。
“遊園地息子捨て去り事件”や、“ソファーベッドの話題触れられ息子殴打事件”の後も、父親は家庭内外を問わず傍若無人っぷりを発揮した。
だけど、大阪の岸和田にあった工場が放火により全焼したり、自分の誕生日にインドネシアで誘拐されて現地の新聞に載ったり、会社が倒産して実家がなくなって靴べらまで差し押さえられたりと、波瀾万丈の人生を送ってきた。
狂ったように働いた結果、ある程度は狂ってしまったが、計り知れない苦労をしてきたんだと思う。
還暦のお祝いの時、プレゼントされた赤いポロシャツを着て、初孫である兄の娘を抱いているのを見た時、なんかもう、全部許そうと思えた。
その直後に、漫画「美味しんぼ」の山岡さんが海原雄山を許した時のよう に、父親と二人でお酒を酌み交わした。
交わした言葉は少なかったが、柔らかくなった表情を見れただけで凄く嬉しかった。
そこに赤鬼はいなかった。
随分と酒が弱くなり、今にも嘔吐しそうな青鬼がいた。
ありがとう。普通じゃないぐらい働いてくれた、仕事の鬼。
ありがとう。実家はなくなったけど、我が家のマイホームヒーロー。
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クレジット(トップ画像):「マイホームヒーロー」:©山川直輝・朝基まさし・講談社/「マイホームヒーロー」製作委員会