自分の考える“やさしさ”を、ぬいぐるみのようにすべて受け止めてくれる不思議な映画【#エンタメ視聴体験記/ぼる塾・酒寄希望】

 お笑い芸人・ぼる塾の酒寄希望さんが、WOWOWの多岐にわたるジャンルの中から、今見たい作品を見て“視聴体験”を綴る、読んで楽しい新感覚のコラム連載企画「#エンタメ視聴体験記 ~酒寄希望 meets WOWOW~」。 
 今回は、『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』(※配信は終了しました)を見た体験を酒寄さんならではの視点で綴ります。

 文=酒寄希望

 皆さんこんにちは。ぼる塾の酒寄です。

 『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』

 私がこの映画のタイトルを見て最初に思ったことは、

 私「私って優しいの?」

 私はぬいぐるみとしゃべります。私の4歳の息子はぬいぐるみが大好きで、中でも“こねこちゃん”というぬいぐるみは彼の相棒です。

 息子「ママ! こねこちゃんやって!」

 私は息子にこねこちゃんの声を頼まれ、こねこちゃんとして彼と会話をします。

 私「そろそろママとお風呂入ろうね!」

 息子「嫌だ! 入らない!」

 こねこちゃん「お風呂入ろうよ! こねこついてってあげる!」

 息子「行く!」

 息子は私よりもこねこちゃんのお願いを聞いてくれるので、こねこちゃんは私の相棒でもあります。私はこねこちゃんと2人きりの時、

 私「こねこちゃん、ありがとうね。助かったよ」

 こねこちゃん「…」

 こねこちゃんは私にはずっと黙っています。それでも私は話しかけます。こねこちゃんに話さなければいけないことがあるからです。

京都のとある大学に進学した男子学生・七森は、いわゆる男らしさ、女らしさを苦手に感じていた。そんな折、入学式で同じ1回生の麦戸美海子と知り合った彼は、彼女と“ぬいぐるみサークル”に入る。そこは各々が好きなことをぬいぐるみに話しかけるという活動を主にするサークルだった。心優しい先輩らと親しくなっていく七森は、麦戸と打ち解けていく一方、なぜか唯一ぬいぐるみと話さない1回生・白城ゆいと交際を始めることに。

WOWOWオンデマンド(公式サイト)より

 主人公の七森くんはとても繊細です。そして、恋愛というものがよく分からない。高校時代仲が良かった女の子に告白され、そのまま自分の気持ちを伝えて傷つけてしまったことをずっと悩んでいます。

 大学で七森くんは麦戸ちゃんという女の子と出会い、仲良くなります。2人はぬいぐるみサークルの存在を知り、一緒に見学に行きます。

 私「きっと七森くんはこれから麦戸ちゃんに恋をして救われるんだろう。多分、麦戸ちゃんがぬいぐるみとしゃべる人なんだろう」

 …私の予想は大外れでした。

 この作品はぬいぐるみサークルが舞台です。ぬいサー(ぬいぐるみサークルのみんなはぬいサーと呼んでいます)はぬいぐるみを作るのではなく、ぬいぐるみに話しかける活動をしています。ですが、七森くんと麦戸ちゃんはぬいぐるみに話しかけるサークルだったとは思わず、戸惑いを見せます。

 先輩「つらいこととかしんどいことを聞いてもらう」

 誤解して見学に来る人が多いらしく、ぬいサーの先輩が丁寧に活動を教えてくれます。

 先輩「話を聞いてもらう相手がいるだけで少し楽になれる。でも、つらいことを人に話すと、話された相手は悲しくなって傷つくかもしれない。だから僕たちはぬいぐるみと話してぬいぐるみに楽にしてもらう」

 七森くんと麦戸ちゃんはそれを知った上でぬいサーに入部します。この時、別で見学に来ていた白城という女の子も入部するのですが、この子はぬいぐるみと一切話しません。白城は、「ぬいサーはぬいぐるみとしゃべらなくてもいい人もいていい場所」と聞いて入部します。

 七森くんと麦戸ちゃんはぬいサーに入り、いろんなことをぬいぐるみに話すようになります。白城はぬいぐるみに話さないけど、ぬいサーに通います。ぬいサーのルールはたった2つです。

 ・部員がぬいぐるみに話している話は聞かない
 ・ぬいぐるみは大切に

 別の部員の話が聞こえないよう、みんな部室ではヘッドホンをします。誰も傷つけずにぬいぐるみと話します。そして、部員がぬいぐるみに話す内容はヘッドホンをしていない私には聞こえます。

 私「私は今ぬいぐるみと同じ状態なわけだけど、つらい…。確かに現実でも人の悲しい話を聞いているとこっちも悲しくなるもんね…」

 ぬいサーに入り生きやすくなった七森くんに対し、麦戸ちゃんは少しずつ元気がなくなっていきます。そして麦戸ちゃんは、

 麦戸ちゃん「私ずっと優しいんだって思ってたんだ。でも本当は弱いだけなんじゃないかな。つらいね」

 ぬいぐるみにそう話し、学校に来なくなってしまいます。七森くんは麦戸ちゃんを心配しつつ、ぬいサーで唯一ぬいぐるみと話さない白城に告白をし、2人はお付き合いを始めます。

 私「なぜ、麦戸ちゃんではなく白城!?」

 七森くんの行動理由やこの後の麦戸ちゃんについてはぜひ映画を見て確認していただきたいのですが、この作品は優しさについてとことん追求しています。ここまで優しさのみを掘り下げた作品に出合ったことがありません。だって優しさは正義であり、それだけで成り立つからです。

 私「理解していると思っていた確固たる『優しさ』がくつがえされる」

 ぬいサーの先輩は優しさについて、「優しさと無関心って似ているよね」と、ぬいぐるみに話しかけます。この作品は、タイトルから想像するほっこりした内容では決してありません。

 七森くん「打たれ弱くてもいいじゃん! 打つほうが悪いんじゃん!」

 七森くんは優し過ぎるが故、人より多く傷つきます。そして、自分を傷つけるものは悪だと思い、悪に対してはきちんと言葉にします。そしてその言葉に傷つく人がいることまでは気が付きません。

 私「七森くんは、自分の優しさと価値観が合わない人はみんな悪なんだな」

 私は、七森くんは被害者側にいたい人なんだなと思いました。そんな七森くんに対し、麦戸ちゃんは「七くんは七くんだよ」と言い、白城は「七森らしいよ」と言います。七森くんの主張に肯定も否定もせず、ただ七森くんという個性に対し、「七森くんが七森くんであることは何もおかしくない」と、寄り添います。

 私は七森くんと周りの人たちのやりとりを見ていて、以前夫が言った言葉を思い出しました。

 夫「被害者面するなって言葉があるけど、実際にその時その人が傷ついたら傷ついた顔をしてしまうよね。被害者とかじゃなくて、傷ついたんだよ。それって仕方ないことだと思う」

 七森くんは「社会は怖いところ」だと思っています。ですが、七森くんの味方でいてくれる人も社会の中には存在しているのに、彼は社会という言葉の中からその人たちの存在を無意識に除外していることに私は気付きました。

 私「七森くんって昔の私だ」

 七森くんが高校時代の友人の冗談を流せずに怒ってその場を後にするシーンがあります。その時、高校時代の友人は謝りながら必死で七森くんを追いかけてきます。七森くんはそんな友人に叫びます。

 七森くん「嫌な事を言うやつはもっと嫌なやつであってくれ!」

 七森くんも本当はもっと自分が思っているよりも複雑であると分かっています。そして、ラストで彼は彼なりの答えを見つけます。

 『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』を見た人はきっと優しさについて考えます。この作品は視聴者が出した「自分の優しさ」を、ぬいぐるみのようにすべて受け止めてくれます。

 そして、唯一ぬいぐるみと話さない白城の存在こそが、この作品そのものなのではないかと思いました。私が七森くんのように前へ踏み出せたのも、白城のような人たちがそばにいてくれたからです。

 私「この映画はぬいぐるみとしゃべる人を肯定も否定もせず、ただぬいぐるみとしゃべる人がいる。ただいるんだよ。七森くんも麦戸ちゃんもいるんだよ。ぬいぐるみとしゃべる人はいるんだよ…私はいるんだよ…こねこちゃん、私はいてもいいんじゃなくて、いるんだよ」

 こねこちゃん「…」

 私はここにいます。


おわりに・・・

 今回取り上げることはありませんでしたが、酒寄さんが気になった作品を酒寄さんならではの視点でご紹介します。

「木に梨はなる ~みんなのアート~」
 
木梨憲武さんが生み出すクリエイティブを楽しむ番組です。言葉で聞くと難しそうに感じますが、この番組はとても分かりやすくて面白いです! 私はアートとは、高尚で選ばれた人のみが参加できるものだと思っていたのですが、この番組を見て、誰もが楽しめるアートのすばらしさを木梨さんが教えてくれました。毎回とても面白いのですが、♯4で私が前々から応援しているレペゼン秋葉原のヲタクダンサーチーム「REAL AKIBA BOYZ」が登場し、ダンスとアートの融合「ダンスアート」が見られたことに感激しました。

「木に梨はなる ~みんなのアート~」を今すぐ視聴するならコチラ!

『プー あくまのくまさん』
 あの「クマのプーさん」のホラー映画です。原作の著作権が2022年1月をもって消滅しているので、新たなプーの世界への挑戦者が現われたと思いました。だって! あのかわいいプーさんをホラーで?! 私はかわいいプーさんが大好きなのですが、この作品も見ました! 感想ですが、何も言えません! この作品に関しては、人に薦めるとか薦めないというものではないです。確固たる自分の見たいという意思を持っている方のみが許される映画です。巨漢のプーさんの全力疾走が怖過ぎるのと、ピグレットがチェーン使いであることだけ報告しておきます。

『プー あくまのくまさん』を今すぐ視聴するならコチラ!

「フードトラッカー峯岸みなみ」
 AKB48最後の一期生、峯岸みなみさんは卒業コンサートのときに新型コロナウイルス感染症拡大の影響でアイドルを留年することになりました。この番組は峯岸さんが人生のセカンドチャンスと向き合いながら全国のフードトラッカーに会い、彼女がフードトラックを出店するまでのドキュメンタリーです。私は峯岸さんや彼女の出会うたくさんのフードトラッカーの皆さんの姿を見て、「前向きにならなければならない」ではなく「前向きになろう!」と、とても心が軽くなりました。最終回の峯岸さんの笑顔がとても素敵です。

「フードトラッカー峯岸みなみ」を今すぐ視聴するならコチラ!

合わせて読みたい! お笑い芸人の中山功太さんによる「#エンタメ視聴体験記 ~中山功太 meets WOWOW~」のコラムはこちら

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トップ画像(クレジット):『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』:
ⓒ映画「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」