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#エンタメ視聴体験記 ~中山功太 meets WOWOW~

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お笑い芸人の中山功太さんが、WOWOWの多岐にわたるジャンルの中から、今見たい作品を見て“視聴体験”を綴る、読んで楽しい新感覚のコラム連載!中山さんは、23年3月~5月にWOWO… もっと読む
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記事一覧

狂おしいほど猫が好きな芸人の僕が見つけてしまった、誰もが“猫沼”にハマるヤバすぎな番組 【#エンタメ視聴体験記/中山功太】

文=中山功太  猫が好きだ。猫が好きでたまらない。猫の事を考えるだけで口角が上がる時さえある。  僕が小学5年生の頃のとある日、4つ年上の兄が突然野良猫を拾って帰って来た。  白と茶色がまだらになっている雑種丸出しのブチだった。相当な赤子猫だったと思う。    「可愛かったから」というプレーンな理由で連れ帰った兄だったが、両親は飼う事を猛反対した。  無理もなかったと思う。  なぜなら我が家では、今までカブトムシ以外、何も飼った事がなかったからだ。いきなり猫はスキル不足に

「フランス映画か!」という“ありがちなツッコミ”について、フランス映画の傑作を観て深く考える【#エンタメ視聴体験記/中山功太】

文=中山功太  今の今までフランス映画を観た事がなかった。    厳密に言うとテレビで深夜に観た事があるのかも知れないが、たまたまチャンネルを合わせていただけの「推定フランス映画」をチラ見した程度だと思う。    お笑いにおいて「フランス映画か!」というニュアンスのツッコミが昔から重宝されている。大抵、ボケの人がダラダラと長尺で難解な発言をした後に放たれる事が多い。  その事実からも分かる様に、よほどの映画好き以外は、以前の僕も含めてフランス映画に良い印象を持っていないの

普通のお父さんの奮闘劇を観て思う、“普通じゃない”僕のお父さんの事【#エンタメ視聴体験記/中山功太】

文=中山功太  自分の父親について考える度に、僕は自分の中でジャンル分けできない感情になる。  父親は若い頃から狂ったように働き、祖父から受け継いだ木工所を株式会社にし、二代目社長として国内外に沢山の工場を建て、ソファーベッドの製造販売を行っていた。  父親は基本的にはソファーもベッドも作らなかった。闇雲にソファーベッドだけを作り続けた。  中学生の頃、会社のパンフレットを見ながら父親に、なぜソファーベッドしか作らないのか? と、聞いた事があったが、少し照れたように笑

貧困に直面する芸人の僕が“貧困女子”のリアルを垣間見た【#エンタメ視聴体験記/中山功太】

文=中山功太  僕は2010年に上京してから現在に至るまで、途切れる事なく貧困状態である。人ひとりが抱えられる限界ほどの借金もある。  一番苦しかったのは2014年頃だったろうか。この豊かな国、日本において、ガス・水道・電気、全てが止まり、食糧がゼロになり空腹に耐えきれず、腹をどついて寝た夜がある。なぜ腹をどついたかと言うと、僕は、満腹とは内側からの胃の刺激だと考えているからだ。空腹を外側から満たすには、腹をどついて胃を刺激する以外の手段はないのである。ダイエット中の方は

〈中山功太〉アホみたいにかっこいいロックスターを観て、僕は芸人になることを決意した 【#エンタメ視聴体験記】

文=中山功太  自分にとっての初めてのロックスターは、THE YELLOW MONKEYだった。  高1の頃にカラオケ店のロビーで流れていたライブ映像を観て、一瞬でとりこになった。  あんなに胸がドキドキしたのは、小1の頃テレビで島木譲二師匠を観た時以来だ。  話が島木譲二にそれるが、僕は幼少期に吉本新喜劇を観て芸人になりたいと思った。毎回同じ事をやってくれる、良質なマンネリズムとでも言うべき変わらない面白さに心底のめり込んだ。  島木譲二に出逢ったから芸人になったと言

〈中山功太〉無知な僕が“宇宙の真実”を知って震えた日【#エンタメ視聴体験記】

文=中山功太  僕は自分でも怖いぐらい無知だ。    日本に生まれ育って、仕事でも全箇所お邪魔しているはずなのに、47都道府県を全部は言えない。九州も調子が良い時でさえ5つしか浮かばない。さすがに四国は4つ言えるが、四国の地図に県名を書けと言われたら、ただの賭けになってしまう。  冒頭から引いてしまった方もおられるかも知れないが、「無知の知」を自覚している分だけマシだと思う。もちろん「無知の知」を唱えた昔の偉い人の名前も知らない。いま調べたら「ソクラテス」と出てきた。その

〈中山功太〉稲川淳二の怪談に取り憑かれた男の、幾つかの考察 【#エンタメ視聴体験記】

文=中山功太  僕が稲川淳二さんの怪談に本格的にのめり込んだきっかけは、「稲川淳二の死ぬほど怖い話」という一冊の本だった。    高一の頃に自転車で走行中に、止まっているタクシーに激突し、左足の靱帯が切れて入院した際、父親がそれを買い与えてくれた。深夜の病室で読んだその本は、死ぬほど怖かった。病室のムードと入院の気落ちのせいだったかもと思い、退院後に自宅で読んでみたが、やはり死ぬほど怖かった。  怖いもの見たさとは正にこのことで、そこからは夏になると毎日、稲川さんがテレビ

〈中山功太〉韓国映画を観て感じた、いくつもの”恐ろしさ”【#エンタメ視聴体験記】

文=中山功太  今は東京に住んでいるが、まだ地元の大阪にいた20代後半の頃、仕事で週に1本、映画を観させていただいていた。  僕は元々、まったく詳しくはないが映画を観るのは好きで、その仕事をしている時、コラムのために映画が観られる今と同じように、単純にラッキーだと感じていた。  その頃、初めて韓国映画を観た。    それまで韓国の作品に触れることがなく、日本でも一大旋風を巻き起こした「冬のソナタ」もパチンコでしか知らず、「なるほど、ヨン様はカッコいいし、雪降っててムードある