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日本とフランスをつなぐ「フランス映画」。その魅力をフランス映画愛にあふれる2人が語り尽くす

 フランスに世界の注目が集まる7月、WOWOWでは[ボンジュール!フランス映画の祭典]と冠して、フランス映画の往年の名作から最新作まで40作品を特集放送&配信。それを記念し、特集担当の映画部・中山結衣と、フランス映画の振興を世界中で行なっているユニフランス東京オフィス代表、エマニュエル・ピザーラさんによる対談を実現。日本におけるフランス映画の「今」や、ユニフランスが毎年開催している「横浜フランス映画祭」など、フランス映画にまつわる話をたっぷり伺った。


映画が導いた、素敵な出会い

中山結衣(以下、中山)「ボンジュール! 本日はよろしくお願いします。まず自己紹介をお願いできますでしょうか?」

エマニュエル・ピザーラ(以下、ピザーラ)「もちろん! エマニュエル・ピザーラと申します。ユニフランスの東京オフィスの代表を務めています。パリの映画業界で約10年間働き、その間にフランスとアジア、特に日本とをつなぐ機会が多くあり、今の仕事につながっています」

中山「お仕事に就かれる前は、どういった勉強をされていたのですか?」

ピザーラ「少し驚かれるかもしれませんが、大学では政治学を学んでいました。パリ政治学院という学校で、東京外国語大学に留学する機会があり、その時初めて日本に来たんです。そこで日本に恋をしました! 将来、日本に関わりのある仕事の機会を得たいと思いましたね。一方で、またすぐに日本に戻りたいという想いもあり、学生時代最後のインターンシップは、日本で行ないました。そのインターンシップは、ユニフランスでのものでした」 

中山「ありがとうございます。私も改めて自己紹介させてもらいますね。WOWOWの映画部で働いている中山結衣です。国内外の映画や、TVドラマの権利調達を担当しています。2018年にWOWOWに新卒入社しましたが、その前は、東京外国語大学でフランス語を専攻していました。私も学生時代に留学を経験していて、フランスのリールという街に1年滞在しました。また、2021年からは、会社の留学制度でパリの大学の修士課程に留学し、芸術学部で2年間映画学を学びました。2023年に帰国して、またWOWOWで働いています。
…では、エマニュエルさん、ユニフランスという組織と、その役割について教えてください」

ピザーラ「ユニフランスは少し独特な組織なんです。というのも、映画業界の人によって組織された、第2次世界大戦後、1949年から存在している団体なんですね。現在は映画のプロデューサーを組織するだけでなく、アーティストもまとめており、その目的としては、彼らの仕事、ひいてはフランス映画全体を保護することを掲げています。つまり、ユニフランスはそのミッションとして、フランス映画のプロモーションを掲げています。海外拠点は東京のほか、アメリカのニューヨーク、中国の北京の3つです」

中山「ありがとうございます。海外拠点がどうしてこれらの3つの国なのか教えていただけますでしょうか?」

ピザーラ「まず、ユニフランスの本部はパリにあり、50人以上が常駐しています。ヨーロッパはフランス映画の主要なマーケットの一つなので、この本部から多くのオペレーションが実行されています。一方で、歴史的にフランスとアメリカ、フランスと中国、そしてフランスと日本の間には、強いつながり、友好関係があります。またこれらの3つの国は重要な映画マーケットを有してもいます。
 私たちのミッションは、フランス映画を保護することですから、これら3つの国に事務所を構えることは理にかなっています。ニューヨーク事務所も東京の事務所も歴史は長いんですよ」

中山「私がエマニュエルさんに初めてお会いしたのは、2023年のカンヌ国際映画祭でしたね!」

ピザーラ「はい。ユニフランス主催のカクテルパーティーの際に、テラスでお会いしましたね」

中山「私は留学中のインターンをしていて、Reel Suspectsという映画のセールスエージェントで海外営業のアシスタントをしていました。その一環で、カンヌ国際映画祭に来ていて、私の同僚がエマニュエルさんを紹介してくれましたね。でも実は、その前からエマニュエルさんを知っていたんですよ。LinkedInで偶然、エマニュエルさんのプロフィルを拝見し、私の母校でもある東京外国語大学に留学されていたとあって驚きました! 勝手につながりを感じましたね(笑)。
 いつかお話ししてみたいとずっと思っていたので、マルシェ・ドゥ・フィルム(カンヌ国際映画祭と同時開催される映画のマーケット)でお会いできた時はとてもうれしかったです」

ピザーラ「私も結衣さんと初めてお会いした時のことはよく覚えていますよ。私たちが働く映画の世界では、この出会いって少し珍しいことだと思うんです。というのは、私の知る限りでは、フランスの映画業界で働く日本人の方や、日本の映画業界で働くフランス人って決して多いとは言えないですよね。そんな中で、私と同年代で、同じ東京外国語大学で学び、かつ私と同じく映画に情熱を感じている結衣さんにカンヌで出会ったというのは、感動的なことですらあると思いましたね。映画が導いた、素敵な出会いです」

中山「その通りですね。そのおかげもあって、この対談が実現できてうれしいです!」

映画部・中山結衣

「フランス映画特集」はすばらしい作品との出会いのきっかけになる

中山「今年の7月、WOWOWではフランス映画特集を組んでいます。この特集の内容やプロモーションへのアプローチを考える際に、エマニュエルさんにいろいろ相談させていただき、フランスとゆかりのあるさまざまな人を紹介していただいたりしましたよね。ぜひお伺いしたかったのですが、こういった形で映画業界で働く日本の方々にアドバイスされる機会は多いのでしょうか? またフランス映画を配給している日本の方々とはご縁が多いのでしょうか?」

ピザーラ「確かに、私の仕事の重要な大部分は、フランス映画を配給している日本の映画業界の方々とつながりを持つことですね。私はユニフランスで働き始める前に、日本を含む多くの国で映画を販売しており、いろんな国の映画産業を見てきました。そうした中で、日本の映画業界の人々、特にフランス映画を扱っている人々には、とても豊かで深い映画愛があると感じ、それは私が日本に来たかった理由の一つでもありました。
 彼らはすばらしい映画の趣味を持ち、自分たちの観客をとてつもなく熟知しています。当然、私の仕事は彼らをサポートすることなので、私が作品を彼らより先に観ているときは、感想をシェアしたりもしますが、基本的には日本のバイヤーの方々はものすごく精度が高くいい目を持っているので、作品選びをコンサルタントするというよりは、議論するという方が近いですね。
 そして、必要に応じて人と人をつないだり、もし障害がある場合は、それを取り除く手助けをしたり…。特に面白いのは、日本のバイヤーがある特定の古いフランス映画を日本で扱いたいと思っているけれど、その作品の権利者が分からないというときに、その権利者を捜す手伝いをするときでしょうか。ちょっとした捜査みたいな感じなんです」

中山「映画アーカイブの世界でも、オーファンフィルム(権利者が不明な映画)の問題などもありますよね。そういうときに、エマニュエルさんが皆さんを助けるわけですね?」

ピザーラ「フランスには、そういう映画を見つけるためのツールがいろいろあるんです。こういう調査をするときは面白いですね。つまり、ある映画のたどってきた軌跡を知るような感じなんです。映画の権利を最初は誰が持っていて、その後この会社に権利が移って、といったような調査のステップを踏むんです。そういう調査をするときは、日本の映画業界の方々の映画愛と情熱には驚くばかりです」

中山「では、エマニュエルさんは自身のことをフランス映画のコンサルタントというだけでなく、どのように考えられているんでしょう?」

ピザーラ「まずご理解いただきたいのは、ユニフランスは、フランス映画業界のあらゆるプロフェッショナル、そしてあらゆるフランス映画を代表しているということです。つまり、私の仕事はキュレーターや編成担当者ではなく、特定の映画を推したりすることはないんです。
 その代わりに、私は配給会社のテイストやカラーをよく知っていますし、そこを強化する手伝いなどをします。それはキュレーションの手伝いというよりは、戦略面での支援といえると思います。そういった仕事が多いですね」

中山「分かりやすいご説明をありがとうございます! 次に、WOWOWでのフランス映画特集の話をしてもいいでしょうか。7月は、40作品以上のフランス映画を放送・配信します。例年、6月に5〜6本ほどの新作フランス映画を編成してフランス映画特集を行なっているのですが、今年の夏はフランス、ひいてはパリに世界中の耳目が集まるということで、こうした決断をしました。エマニュエルさんから見て、WOWOWの7月のフランス映画特集の内容はいかがでしょうか」

▼7月放送・配信のフランス映画ラインナップ

[ボンジュール!フランス映画の祭典]
巨匠たちが愛する女優 カトリーヌ・ドヌーヴ
『哀しみのトリスターナ』
『ロバと王女』
『うず潮(1975)』
『終電車』
『インドシナ』 
超速タクシー始動!「TAXi」スペシャル
『TAXi』
『TAXi2』
『TAXi③』
『TAXi④』
『TAXi ダイヤモンド・ミッション』 
フレンチ・ノワールの美学
『狼は天使の匂い』
『パリは霧にぬれて』
『夜の訪問者』 
ヒットメーカー リュック・ベッソン
『最後の戦い』
『サブウェイ』
『グラン・ブルー[オリジナル・バージョン]』
『ニキータ』
『レオン 完全版』
『フィフス・エレメント』
『ジャンヌ・ダルク』
『アデル/ファラオと復活の秘薬』 
ワールドシネマセレクション
『ウィ、シェフ!』
『エッフェル塔~創造者の愛~』
『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』
『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』
『テノール! 人生はハーモニー』 
唯一無二の世界観 フランソワ・オゾン監督
『私がやりました』
『すべてうまくいきますように』
『2重螺旋の恋人[R15+指定版]』
『彼は秘密の女ともだち』
『危険なプロット』
『しあわせの雨傘』 
定番フランス映画5選
『太陽がいっぱい』
『素直な悪女』
『突然炎のごとく(1962)』
『冒険者たち(1967)』
『アメリ』 
セドリック・クラピッシュ監督のエスプリ
『ダンサー イン Paris』
『猫が行方不明』
『青春シンドローム』 
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W座からの招待状
『パリタクシー』

ピザーラ「まず、WOWOWはフランス映画を配給している映画会社にとっては大切なパートナーですよね。映画館の後に観客が映画と出会う、重要なウィンドーだと思います。編成されている作品も多様ですよね。
 ラインナップもとても豊かで面白い作品がそろっていると思います。フランス映画の豊かさを象徴するような内容となっていますよね。まず、多くの名作フランス映画もありますね」

中山「そうですね、『太陽がいっぱい』などですね」

『太陽がいっぱい』:©1960 STUDIOCANAL - Titanus S.P.A.

ピザーラ「あとは、フランソワ・オゾンやセドリック・クラピッシュといった監督の特集もありますね。リュック・ベッソンも。
 私が面白いと思うのは、フランス映画とは、一方では歴史をつくってきた偉大な古典映画の豊かさでもありますし、もう一方では、とてもはつらつとした現代の、そして時にとても若い映画作家たちの生命力でもあると思うんです。時に繊細で示唆に富んでいる一方で、この上なくエンターテイニングでもあったりします。作家性の強い映画も、エンターテイニングではなくても、力強い感情を抱かせたりしますよね。今回のWOWOWの特集内容は、その両方を視聴者に提供できると思います。本当にすべてのテイストに応える作品がそろっていると思います。
 それこそ、あらゆる人のニーズに応えられるはずです。フランスを語り、映画を語る作品がそろっています。この夏、フランスにいつもよりもっと興味が湧いた観客が、自身の探しているものを見つけられるラインナップだと思います」

中山「今回の特集内容を考える際に、どうすれば多くの方に、それこそフランス映画ファンから、普段はフランス映画を観ない人にまで楽しんでもらえる内容になるかについて熟考したので、そう言っていただけるとうれしいです」

ピザーラ「この特集の中には、すでにフランス映画をよく知っている人が思わず見返したくなるような名作もあれば、フランス映画を初めて観る若者が思わず興味を持つような作品もありますよね。それはすばらしいことだと思います。なぜなら、それはTVの持つパワーだとも思うからです。TVや、もっと小さな画面のメディアもですが、自宅にいながらにして、突如、すばらしい作品と出会うきっかけともなり得るからです」

中山「個人的に今回の特集内で思い出深い映画は、セドリック・クラピッシュ監督の『青春シンドローム』(’94)です。学生時代のフランス留学の前に一度観て、登場人物を演じる俳優さんたちの演技のみずみずしさや、フランスの若者が政治参加するさまに新鮮さを感じました。フランス映画の豊かさに気付いたきっかけの作品でもありますし、私のロマン・デュリスとの出会いでもあります(笑)。 時代設定が1970年代なので、現代からは50年ほど前の時代設定ですが、何度観ても新鮮に楽しめる作品だと思います。
 特集全体の話をすると、特集されているフランソワ・オゾン監督は、本当に多作かつ多彩ですよね。最新作の『私がやりました』(’23)は、フランスの実力派スターが世代を問わず集結し、監督がいかに求心力があるか実感させられます。
 今回の特集ではフランス映画の多様性、その豊かさの部分が伝わればと苦心したので、WOWOWの視聴者の皆さんにも、少し懐かしい名作から最新作まで、さまざまな映画を楽しんでいただければいいなと思います」

『青春シンドローム』:© 1994 VERTIGO PRODUCTIONS - LA SEPT / ARTE

ピザーラ「私も視聴者の皆さんがこの特集を楽しんでくれることを願っています! そして、願わくば、この夏だけでなく、この特集でフランス映画に触れた皆さんが、さらにフランス映画に興味を持ち続けてくれれば、すばらしいですね。
 私は子どもの頃、たくさんの映画をTVで観ました。例えば、フランソワ・トリュフォー監督作品やジャック・ドゥミ監督作品とは、そこで出会いました。カトリーヌ・ドヌーヴを好きになったのもそうした経験からです。そうした作品に出会えたのは、午後にTVで流れていたからです。強調しておきたいのは、映画館は非常に重要で、当然ながら、映画は映画館抜きでは成り立ちませんが、TVもまた、こうした偶然の出会いに大きな役割を果たしているということです。TVの存在によって生まれることがあると思います」

エマニュエル・ピザーラさん

日本人が持つフランスへの幻想と厳しい現実とのコントラスト

中山「次に、日本におけるフランス映画の需要について話してみましょうか。エマニュエルさんに、この特集についてアドバイスをもらった際に、日本のフランス映画ファンについて会話したのですが、それがとても印象的でした。個人的にですが、日本における映画ファンは、フランス映画というと1960〜70年代の作品や、もう少し後のミニシアターブームの頃の作品の印象を強く持っている気がします。こういった状況は、現代のフランス映画のすばらしい豊かさを愛する者としては少し残念な気がしますが、どうすればこうした状況は変わると思いますか?」

ピザーラ「面白い質問だと思います。1960〜70年代というのはフランス映画のある種の黄金期といえますよね。ヌーヴェルヴァーグの時代でもあり、また、カトリーヌ・ドヌーヴやアラン・ドロンといった国際的なスターの誕生の時代でもありました。さまざまな国が第2次世界大戦後の急激な経済成長を実感していて、今より映画の数は少なく、フランス映画の影響が世界的にも強かった時代でした。そして、先ほど結衣さんが言及した、ミニシアターブームの時代もありましたね。リュック・ベッソンといった監督や……」

中山「レオス・カラックス!」

ピザーラ「作家主義の監督といえば、レオス・カラックスですね。あと、俳優でいえば、ジャン・レノも広く知られるようになりました。こうした映画人をその時代に知った若い人々がいて、そして…時間がたちました」

中山「映画とともに、その映画と出会った人々にも、時間が流れました」

ピザーラ「まさにその通りです。つまり、その時代、特に1960〜70年代の生活の美学、知性主義、ある種の美的センス等に結び付くフランス映画のイメージを抱き続けているんですね。それらは、疑いの余地なく重要なレガシーですが、一方で、現代のフランス映画を動かしているものとは異なる場合もあります。
 日本は面白い例なんです。というのも、古典作品を愛する国だからです。若い観客たちでさえも、喜びをもって古典を発見しているように感じます。ここで私の言う古典というのは、ジャン=リュック・ゴダールやシャンタル・アケルマンなど…アケルマンはベルギー人ですが…、私はそれはとてもすばらしい映画へのいざないだと思っています」

中山「古典を愛する心は、例えば、映画評論家でもある蓮實重彥氏の影響なんかもあるかもしれませんね。彼は昔フランスに暮らしていましたし。若い方も蓮實重彥氏の著作に影響を受けている印象があります」

ピザーラ「それもあるかもしれませんが、私に言わせれば、これは映画を超えた問題であると思います。つまり日本には、やや幻想化されたフランスのイメージがありますよね。パリ、それはすばらしい街、美にあふれた愛と光の街…といったような。
 ところが、現実に目を向ければ、パリには厳しい側面も多く、ストレスもあふれている。コントラストの強い幻想と現実があり、その間には無数のニュアンスがあります。フランス映画はそうした厳しい現実を常に描いてきており、そのイメージは日本におけるフランスへの夢のあるイメージとは少し乖離かいりしているかもしれませんね。
 そうした観点から、日本ではある種の映画がほかのジャンルの映画より成功を収めるのかもしれません。ただ、若い世代の方は、インターネットやSNSに幼いころから触れている世代ですし、より多様なスタイルの映画を受け入れ得るかもしれません。
 近年、フランス映画では、これまでのやや凝り固まったフランス映画のイメージの枠にはまらない、自由な映画的表現が出現してきています。結衣さんはジャンル映画を扱っているReel Suspectsで働いていたのでご存じかもしれませんが、パルム・ドールを獲得した『TITANE チタン』('21)や今年の横浜フランス映画祭で紹介した『Vermines(原題)』('23)など、ホラー映画の躍進は目覚ましいですよね」

中山「『群がり』(’20)などもそうですね」

ピザーラ「そうですね。すばらしい映画です。日本の観客にはあまりなじみのない映画的手法を使っている作品たちで、フランス社会や、ひいてはより個人的な問題に触れています。
 時にそれらは非常に力強いものとなります。ドキュメンタリー映画もそうですね。こうした、いわゆるフランス映画と一線を画す映画的表現方法は、より若い人々を惹き付けるきっかけになるかもしれません。若い人からすれば、一般的なフランス映画には、彼らの親世代の映画という感覚があるかもしれません」

中山「もはや、祖父母世代のものと思われてるかもしれませんよね」

ピザーラ「確かにそうですね。一方で、祖父母世代の映画は、若い人のための映画にもなり得ると思うんです。私も、祖父母や両親の世代が好んでいた映画が大好きですし。ですので、やはり、いわゆるフランス映画にも、若い人が興味を持ってもらえる要素があるというのは、もう一度強調しておきたいところですね」

日本もフランスも映画を愛する気持ちは同じ

中山「次は、日本とフランスの映画ファンの違いについてお伺いしてみたいです」

ピザーラ「まず、私が面白いと思うのは、差異の以前に、日本もフランスも非常に映画好きな国であるということです。製作本数や興行収入といった市場規模で見ると、フランスと日本は常に世界でもトップクラスです。また、どちらの国も自国映画が非常に影響が強いという点も似通っています」

中山「テレビ局が製作に関わる映画が非常に多いのも共通点ですよね」

ピザーラ「まさしくそうですね。また、映画会社の長い歴史があるという点も同じです。こうした点からきっと、映画好きな国なのだと思います。先ほど結衣さんがミニシアターブームの話をしていましたが、フランスにもまた数多くの映画館があります。パリは世界で最も映画館の多い街なんです。そして、『映画を観る』という行為は、一般に広がった、社会性のある活動でもあります。
 人々は多くの映画を観ています。そして、フランスと日本の観客の違いでまず思い付くのは、日本で成功を収めるのは自国産の商業的なアニメーション映画が多いという点でしょうか。フランスでも商業的な国産映画が人気を誇る点は同じですが、多くは典型的なコメディー作品で、日本に輸入されることは少ないですね。例えば、『Un p’tit truc en plus(原題)』('24)など…」

中山「ちょうどその映画のことを考えていました! フランスで大ヒットした映画ですよね。予告編を観ましたが、どうやったらこうした映画が日本に輸入できるかな、と考えさせられました」

ピザーラ「今、この映画はフランスで社会現象化しています。障がい、困難、そして共生することを描いた作品ですね。アメリカの最新ブロックバスター作品よりも成功しています」

中山「この作品のどういう要素がフランスの観客にウケていると思いますか?」

ピザーラ「これまでのキャリアでの経験に基づく個人的な分析ではありますが、分断や緊張によって、社会的に困難で複雑な局面に人々があるとき、共生の可能性について語る映画は観ていてうれしくなりますよね。そして、しばしば、コメディー映画はそうした感情をもたらすために非常に有用なツールとなります。
 例えば、過去を振り返れば、『最強のふたり』('11)もそうではないでしょうか。2人の全く異なる人物が、どのように友人になるかを描いた作品ですよね。あとは、フランスで大ヒットし、日本でも公開されていますが「最高の花婿」シリーズもそうした系譜の作品ですね。人種差別的思い込みと、それをどう乗り越えるかというところを、フランス社会という鏡の中で描いた作品です。
 繰り返しになりますが、つらいことの多い日常生活の中で、自身と他者の差異を笑えるということは、人間的な体験となります。どのように異なる人々がつながれるか? という映画を観ているとき、異なる映画館の異なるスクリーンでその作品を見つめている人々がいるというのは、非常に力強い事実です。それは、TVの前にいる人々の場合も同じですね。私は映画のこうした人々をつなぐ力が重要だと思います」

中山「映画は人と人をつなぐものですよね」

ピザーラ「そうですね、そして、つい質問への回答から脱線してしまいました(笑)」

中山「大丈夫ですよ(笑)。次に、この流れで、『パリタクシー』(’22)のお話を少しできますか? 去年、日本でスマッシュヒットしたフランス映画ですね。ヒットの理由は何だと思いますか?」

『パリタクシー』:©2022 UNE HIRONDELLE PRODUCTIONS - PATHE FILMS - TF1 FILMS PRODUCTION - ARTÉMIS PRODUCTIONS

ピザーラ「まず、『パリタクシー』はすばらしい作品ですよね。私も感動しましたし、先ほどお話ししていたような、観る人を心地よくさせてくれる作品だと思います。2人のすばらしい俳優も大きな要因でしょう。また、この映画が公開された2022年は、世の中にまだ閉鎖的な空気があったように思います。コロナ禍で、人々は孤独を感じていたのではないでしょうか。
 この映画は、ある意味孤独な2人が移動する間に、何かを与え合う話です。映画の中心には、非常に人間的な心があると思います。一方で、映画のプロットは、自身の人生を語る女性の物語を通じて、パリでの旅、それも現代だけでなく過去のパリへの旅を約束しています。
 日本での大ヒットの要因の一つは、配給会社がすばらしい仕事をしたのだと思います。まず、『パリタクシー』という邦題がいいですよね(原題は『Une belle course(美しい道のり)』)。同時に私が感じているのは、私は2022年8月に日本に来たのですが、この国はまだ完全には開かれていませんでしたよね。いろんな理由があり、日本は旅行を制限していたと思います。
 今でも、以前ほどは日本人は旅行をしていない感じがします。特にヨーロッパは難しそうですよね。こうした映画は、パリを見直すきっかけにもなると思います」

中山「人を旅させる映画ですよね」

ピザーラ「まさに。そして、この映画は第47回日本アカデミー賞の優秀外国作品賞を受賞しました。フランス映画としては久しぶりの快挙ですよ」

中山「私にとってこの作品の成功が意外だったのは、主演のダニー・ブーンとリーヌ・ルノーはフランスでは言わずと知れた大スターですが、日本では必ずしもそうではないという点です」

ピザーラ「2人は、フランスのみならずヨーロッパでも大スターですよね。ダニー・ブーンといえば、歴史的大ヒット映画の『ようこそ、シュティの国へ』(’08)ですね。この映画はいくつかの国でリメイクもされています。リーヌ・ルノーといえば、フランス映画の伝説的存在です。
 彼らが日本で比較的知られていないという状況でも映画が成功を収めたことは、この映画のストーリーテリングの力強さを語っていると思います。スターの顔がある、ということは大事ですが、すばらしい映画があるとき…まあフランス映画にはすばらしい作品しかないですが(笑)、それは世界中の観客を魅了します。シンプルな話なんです」

フランスと日本をつなぐ「横浜フランス映画祭」

中山「次に、『横浜フランス映画祭』について教えてください。エマニュエルさんのお仕事での大きな部分は、横浜フランス映画祭の準備があると思います。この映画祭を統括され始めてからもう2年ほどたつと思うのですが、この映画祭や、その観客、そして抱えている困難などについて想いを教えてもらえますか?」

ピザーラ「まず、この映画祭は来年で32回目を迎えます。歴史ある映画祭ですね。1993年に神奈川・横浜で立ち上がり、東京で開催されていた時期もありましたが、今はまた横浜に戻ってきています。横浜は興味深い街です。港町であり、映画誕生の街とされるフランスのリヨンの姉妹都市でもあります」

中山「映画の発明者、リュミエール兄弟のリヨンですね」

ピザーラ「私は1年の半分くらい、この映画祭のために時間を割いていますね。コロナ禍の間に映画祭をストップする必要がなかったことは幸運だったと思います。数年間は、映画人を招待することができませんでしたが、2022年には久しぶりに審査員を招待することができました。WOWOWの7月の映画特集にも登場する、俳優のロマン・デュリスが来てくれた年ですね。
 今年の映画祭も、とてもすばらしいものになったと思います。私たちは、この映画祭を通じてフランス映画の多様性を提示しようとしているんです。例えば、『めくらやなぎと眠る女』(’22)という村上春樹原作の長編アニメ映画もあれば、先ほども述べた『Vermines』もあり、ドキュメンタリー映画もありました」

中山「パリの郊外を描いた映画もありましたね」

ピザーラ「5月に日本でも劇場公開された『バティモン5 望まれざる者』(’23)ですね。
 私が喜ばしいと感じるのは、映画に詳しく映画祭にも長年親しんでいるとても熱心な観客がいるということです。私たちはその期待に応える責任がありますよね。なので、映画祭が年々良くなるように提案していきたいと思っています。
 一方で世代交代、つまり新世代にリーチするという点で、今年の映画祭に関して興味深いと思ったのは、映画のラインナップを通じて、そしてまた、桜木町という中心エリアにある映画館を通じて、とても若い層にコンタクトできたと思います。いくつかの質疑応答では感銘を受けました。質問をする子どもや若者がいましたね。『Vermines』の後では、『フランス映画にこんな作品が存在するとは思わなかった』という熱心なコメントを述べている若者もいました。
 彼らの多くは常連の観客ではなかったようです。前述したように、常連の観客により高いクオリティの映画祭を提示していくことにも情熱を注いでいますが、映画祭のすばらしい点は、このような偶然の出会いを起こし、紹介の役割も果たすことです」

中山「ありがとうございます。この映画祭には私も興味津々なので、いろいろと聞きたいのですが、今年のアンバサダーは役所広司さんでしたね。どういった理由でこの人選がなされたのでしょうか?」

ピザーラ「まず念頭に置いていただきたいのは、これはフランス映画の祭典ではありつつ、日本とフランスの間の橋渡しの役割もあることです。なので、この映画祭に日本の映画業界の方を招き、その一部を担っていただくことはとても重要なんです。
 役所広司さんは、前年に『PERFECT DAYS』(’23)でカンヌ国際映画祭の男優賞を受賞していました。この作品はフランスでも日本でも大きな興行的成功を収めました。偉大なる俳優です。そして、フランス映画を愛する方でもあります。彼は寛大にも映画祭のアンバサダーとなることを受け入れてくれました。
 毎年、その呼称は変わるものの、日本の映画業界の方にアンバサダーをお願いしています。彼が今年の映画祭を支えてくれたことは、フランスからの招待客もみんな彼を尊敬していましたし、本当に光栄なことでした」

日本とフランスにおける、映画とTVの役割

中山「次は、映画とTVの関係のお話をしましょう。私は社費での留学中に、日仏におけるテレビ局と映画の関係について修士論文を書いたので、このテーマにはとても興味があります。エマニュエルさんは、TVはどのように映画の利益に働きかけることができると思いますか?」

ピザーラ「まず、私にとって映画が驚異的であるのは、現代における映画は映画館から、他の場所、つまりTVやもっと小さなスクリーンにも移動できるということです。TVは、フランスにおいてはそうなんですが、多くの局が映画と関わっています。そして、TVが映画との初めての出会いとなることは、少なからず起こることだと思うんです。
 映画館に簡単に行けない方にとっては、TVが映画と出会う窓となり得ると思います。TVはとても大衆的な、つまり、人口に膾炙したメディアなので、映画との出会いを提供する重要な存在であり続けると思います。
 フランスでは、TVが映画の製作を手助けするためのさまざまなレベル・タイミングの経済システムが構築されています。有料放送、無料放送にかかわらずこのシステムに組み込まれ、複雑な様相を呈しています」

中山「新作映画を放送したいタイミングによって、映画出資へのコミットメントの度合いが変わったりするんですよね」

ピザーラ「まさにその通りです。フランスの映画のナンバーワンの出資者は、長年、有料放送のCanal+でした。彼らには、映画製作へ出資する義務があるので、長年有力なフランス映画製作のパトロンだったんですね。そうしたシステムがフランス映画の多様性にもつながっていますし、テレビ局の映画製作への参加方法は多様です。さまざまなプリバイ(製作前の映画の買い付け)がありますし、製作部門や海外番組販売部門、そして配給部門を持つテレビ局も増えています。
 テレビ局はさまざまなレベルで映画製作や出資に関わっているんですね。観客が映画館で観たい映画と家のTVで観たい映画は同質なのか? という疑問もあると思いますが。日本での状況に私はそこまで明るくないですが、少なくともフランスには公私問わずさまざまな映画の製作援助制度があり、それがクリエイションにおける大胆さを下支えしてきているというふうに感じます。また、この多様性は、プライムタイムで放送されるような娯楽大作やより挑戦的な性質の作品で保たれていますね」

中山「日本にも同じような状況があります。映画を製作・出資しているテレビ局は非常に多いです。大きな違いは、日本ではテレビ局が映画製作に関わる義務はないということですね。一方で、テレビ局は映画への愛が大きな組織でもあると思います。もちろんそこには経済的な目的が大前提としてあると思いますが、クリエイションや、TVというメディアを離れた場所での観客との出会いへの情熱が存在すると思います」

ピザーラ「そうした状況には心が温まりますね。例えば、TVで映画を流すことがこれほど頻繁にはない国もあります、約2時間も画面の前に観客を引き付けておくことはなかなか難しいです」

中山「私たちも映画専門チャンネルを有しているので、おっしゃることは分かります(笑)」

ピザーラ「映画が、携帯やSNS、そしてスクロールやスワイプと同列で戦わないといけない時代は、なかなかに複雑ですよね。一方で、興味深いと思うのは、私が子どもの頃には多くの人がザッピングという行為について議論していたことです。つまり、TVを観ている人たちでさえも、絶え間なくザッピングを行ない、本当に集中して番組を観てはいないという話がありました。
 視聴者の行動様式が変わっていても、同じような議論は昔から存在しているということですね(笑)。私がそれでも信じているのは、すばらしい映画は、人々にスマホやリモコンを忘れさせる力があるということです。例えば、自宅のリビングにいたとしても、『終電車』(’80)を観ればその世界に引き込まれるはずです」

中山「よく分かります。エマニュエルさん、本日は興味深いお話をたくさん聞かせていただき、ありがとうございました」

ピザーラ「こちらこそ、ありがとうございました! 」

▼[ボンジュール!フランス映画の祭典]巨匠たちが愛する女優 カトリーヌ・ドヌーヴ(計5作品)7月1日(月)~5日(金)

▼[ボンジュール!フランス映画の祭典]超速タクシー始動!「TAXi」スペシャル(計5作品)7月7日(日)

▼[ボンジュール!フランス映画の祭典]フレンチ・ノワールの美学(計3作品)7月9日(火)~11日(木)

▼[ボンジュール!フランス映画の祭典]ヒットメーカー リュック・ベッソン(計8作品)7月15日(月・祝)

▼[ボンジュール!フランス映画の祭典]ワールドシネマセレクション(計5作品)7月16日(火)~20日(土)

▼[ボンジュール!フランス映画の祭典]唯一無二の世界観 フランソワ・オゾン監督(計6作品)7月21日(日)~26日(金)

▼[ボンジュール!フランス映画の祭典]定番フランス映画5選(計5作品)7月22日(月)~26日(金)

▼[ボンジュール!フランス映画の祭典]セドリック・クラピッシュ監督のエスプリ(計3作品)7月28日(日)~30日(火)

 ▼W座からの招待状 毎週日曜 午後9:00

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