野木亜紀子脚本「連続ドラマW フェンス」のプロデューサーが語る、ドラマの制作秘話と沖縄への想い
取材・文=柳田留美
沖縄本土復帰50年を迎え、今こそ沖縄の作品を発信すべきだと思った
──お2人のプロフィールを簡単に教えてください。
北野拓(以下、北野)「大学卒業後、NHKに入局してから3年間、沖縄放送局に勤務し、事件記者としてさまざまな沖縄の問題を目の当たりにしてきました。その後、宮崎放送局でディレクターを務めてからドラマ部に異動し、現在はNHKエンタープライズに出向して、さまざまなドラマにプロデューサーとして携わっています」
高江洲義貴(以下、高江洲)「僕は沖縄の普天間基地のすぐそばで生まれ育ちまして、高校卒業後に大学進学のため東京に出てきて、卒業後は映像制作会社でのAP(アシスタントプロデューサー)を経て、縁あってWOWOWに中途で入社。ドラマ制作部に所属して、この数年はプロデューサーとして自分の企画もやらせてもらえるようになりました」
──「フェンス」の企画はどのように生まれたのでしょうか?
北野「NHKエンタープライズに所属して、せっかくドラマ制作の現場にいるからには、沖縄での記者時代にニュースでは伝えきれなかった沖縄の現実を、ドラマというエンタメの形に昇華させて発信したいと思っていて。沖縄が本土復帰50年を迎えるタイミングで、今こそ沖縄に寄り添った作品を発信すべきだと思い、企画しました」
高江洲「そんな時、僕が手掛けた『ダブル』というドラマの原作コミックの編集担当者で、僕の大学時代の同級生でもある友人から『紹介したい人がいる』と言われて。それが北野さんでした」
北野「その時点で、米軍関係者による犯罪の捜査を通して沖縄の現実を描き出すドラマを作りたいと考えていました。サスペンスドラマで、ジェンダーや人種、沖縄と本土、日本とアメリカなど、さまざまな“フェンス”を乗り越え、人と人が分かり合う姿を描きたい。『フェンス』というタイトルも既に決めていました。ただし、この企画をどうすれば着地させられるかが問題で…。そんな時に、『沖縄出身の腕のいいプロデューサーがいるよ』と高江洲さんを紹介してもらったんです」
高江洲「僕は沖縄で、ヘリコプターや戦闘機が飛び交うことが日常の環境で過ごしていたので、東京に来てまず驚いたのは、基地とは無縁の静かな空。沖縄での暮らしは普通のことではなかったのだと気付かされました。友人には沖縄の問題を知らない人も多く、だんだんと自分の中に沖縄と向き合わなきゃなという想いが芽生え、大学(映画学科)の卒業制作では沖縄を題材にした作品を撮ったこともあります。WOWOWでドラマ制作に携わり、やっと自分の企画で制作できるようになってから、いつか沖縄をテーマにした作品を作りたいと考えていたタイミングで北野さんと『フェンス』という企画に巡り合えたのは、まさに奇跡でした」
──野木亜紀子さんに脚本をお願いするに至った経緯は?
北野「僕がプロデューサーとして初めて独り立ちさせてもらった作品『フェイクニュース あるいはどこか遠くの戦争の話』の脚本を担当してくださったのが野木さんです。野木さんはサスペンスの構成に定評があるのはもちろん、地に足の着いた取材で社会問題をエンタメドラマにするのが得意。僕が沖縄での記者時代に培った取材力と人脈をフル活用することで、ジャーナリズムとエンタメが融合したドラマを野木さんとならば作れると考えました」
高江洲「沖縄という複雑で繊細なテーマを扱うからには、野木さんのような実力のある脚本家にお願いできると心強いですよね」
北野「テーマがテーマだけに、野木さんも最初はためらっていましたが、きっと引き受けてくれると信じていました。野木さんは、これまでの焼き直しのような作品は決してやらない人。その点、『フェンス』は過去に日本のドラマでは描かれていない内容。沖縄の事情を肌で知る高江洲さんが企画を通してくれたことで、野木さんも覚悟を決めてくれました」
徹底的な取材ですくい上げた沖縄の叫びをセリフに投影
──脚本の制作に当たって、テーマはどのように決めていったのでしょうか?
北野「野木さんご自身から、主人公は女性バディでひとりはブラックミックスの女性に、また1つの事件を全話通して描きたいというご提案があり、そのスタイルでいくことに。『1つの事件』を、どんな事件にするかに関しては、僕の要望で性的暴行事件になりました。皆さんもご存じの通り、普天間基地移設問題の発端は、1995年に起きた米兵による少女暴行事件。僕が記者をしていた時も表に出ない性犯罪事件はありました。女性が訴えにくい環境が日本全体にも沖縄にもあると思っていて、この手の事件はどんどん埋もれていってしまうんです。だからこそ、このテーマに踏み込むべきだと考えました」
高江洲「センシティブなテーマなので扱う上でのリスクはありますが、この企画に挑戦して世に送り出すのが自分の使命だと感じていました。社内でも『これをやらなきゃWOWOWじゃないよね』という機運になって良かったです」
──その後の取材も大変だったと伺いました。
北野「そうですね。沖縄で記者をしていたのは10年近く前のこと。当時から状況が変わっている部分もあるし、想像で書くのは許されないテーマなので、あらためて徹底的に取材しました。ブラックミックスやその関係者に始まり、米軍基地の従業員、性被害者、精神科医、日米地位協定に詳しい研究者、警察官、弁護士など100人以上。普通ではなかなか会えないような方々にも取材しました。当初はクランクインの3カ月前の台本完成を目指していたんですが、もう全然終わらない! 野木さんもきちんと取材をして書くタイプなので、台本を作りながら追加の取材先を探してアポを取って取材して…をひたすら繰り返しましたね」
高江洲「沖縄の問題に正解はないし、皆それぞれ考え方が違う。だから、取材もどんどんエンドレスになっていく」
北野「そう。結局、正解は出せないから、とにかく現状を見てもらって、それを見た人にも背負ってもらうしかないという話になって。その共通認識の下、ようやく台本完成にこぎ着けた次第です」
──完成した台本を読んでいかがでしたか?
高江洲「本当に感謝しかありません。企画を出してくれた北野さん、素晴らしい脚本を書いてくださった野木さん、この挑戦的な題材に一緒に挑んでくれた松本監督をはじめとするスタッフ、松岡さん宮本さんらキャストの皆さん、ご協力いただいた沖縄の方々…ただただ、皆さんに感謝です。沖縄で起きている問題については、賛成派の人もいれば反対派の人もいます。その中でうまく生活していくためには、怒らず、問題にせず、自分を押し殺さざるを得ない苦しみがあって…。そういう沖縄の人たちの複雑な思いをくみ取り、野木さんは『言葉』にしてくれました。不条理の下で生きる沖縄の人たちを知ってほしいという、野木さんの覚悟や優しさがセリフの端々から伝わってきて、涙が出るほどうれしかったです」
北野「野木さんの本は、脚本の中に膨大な取材で得た情報のエッセンスがきっちりと盛り込まれているんです。取材先の人がポロっとこぼした本音を丁寧に拾ってセリフに反映されていて、沖縄の方々が見ても気づきや発見がある内容だと思っています」
高江洲「もちろん、情報として説明的なセリフもありますが、それがちゃんとキャラクター自身の言葉になっているところがすごい。それが後半になって、主人公の感情として呼応する部分もある。本当に素晴らしい脚本で、野木さんの力に何度も感激しました」
主演女優2人の熱演で増す「フェンス」のリアリティ
──キャスティングはどのように進めたのですか?
北野「主人公は、東京から来た雑誌ライター・小松綺絵、通称キーと、沖縄で生まれ育ったブラックミックスの女性・大嶺桜。キー役は、演技力はもちろんその存在感含めて、女を嘆きながら女として闘わざるを得ない、今回のキー役にぴったりだという理由で、松岡茉優さんでいきたいというのが野木さんの希望でした。台本が出来上がる前のプロット段階でオファーさせていただきました」
高江洲「松岡さんも、沖縄の少女たちの調査と支援を行ってきた上間陽子さんの著書をちょうど読んだばかりのタイミングだったらしく、『フェンス』という作品に縁を感じ、OKしてくれました」
北野「桜役はオーディションで決めました。僕と高江洲さん、野木さん、監督の松本佳奈さんに加え、最終の演技審査には松岡さんも相手役をしてくれて。そもそも、ブラックミックスの俳優さんが少ないことから、オーディションに人を集めるのも大変でしたね。モデル事務所に当たったり、特に芸能活動をされていない一般の方にまでSNSなどを見てお声掛けしたりしました」
高江洲「でも、その中に逸材がいた!」
北野「そう、それが宮本エリアナさんです。彼女は沖縄出身ではありませんが、桜と共通するバックグラウンドを持つ方。人種差別の撤廃についても発信されていて、脚本の理解度も高かった。それに心根が優しいところも桜とそっくりで。最終的には全員一致で宮本さんに決めました」
──松岡さん、宮本さん、お2人の演技はいかがでしたか?
北野「野木さんの見立て通り、松岡さんはキー役にバッチリはまっていましたね。毎話、心をわしづかみにされるシーンがいくつもありました」
高江洲「キーというキャラクターのプランニングが秀逸でした。『あれ? ここはどうしてこんなに強く表現しているんだろう?』と思っていると、後で『ああ、だからこういう芝居になっていたのか!』と気付かされる。キーになりきるというよりは、キーを憑依させているようでした」
北野「本当に安心して任せられるし、もう一度組みたいと思わせる。それが、第一線で活躍するクリエイターさんたちが松岡さんと仕事をしたいと思う理由だと思います」
高江洲「宮本さんはもともと俳優志望で事務所に入ったそうです。でも、ブラックミックスの俳優さんが活躍できる機会がほとんどなく、なかなかチャンスに恵まれなかったとか…」
北野「今回、演技初挑戦でしたが、本当に頑張ってくれました。日を追うごとに演技も進化して。宮本さんはポジティブで優しい方なので、怒る芝居に苦戦されているようでしたが、それが、沖縄のブラックミックスの人たちが抱えている、怒るに怒れない複雑な感情をそのまま体現しているように見えました。桜もはまり役だったと思います」
キャストも音楽も映像も。徹底的にこだわった“沖縄”
──沖縄出身の役者さんをたくさん起用されていますよね?
北野「とにかく舞台となる“沖縄の地域性”にこだわり、新垣結衣さんをはじめ、本作が初の連続ドラマ出演となる與那城奨さん(JO1)ほか、たくさんの沖縄出身の役者さんに集まってもらいました。戦争を知る世代の高齢化が進む中、沖縄戦体験者の吉田妙子さんに出演いただけたことも感慨深かったです」
高江洲「宮本さんや青木崇高さんは沖縄出身ではありませんが、沖縄の方言をものすごく頑張って練習してくれましたよね」
北野「そうですね。今回は、あえて若い方に方言指導を頼んだので、宮本さんも青木さんも、沖縄の方が聞いても違和感のない仕上がりになったと思います。脇を固める沖縄出身の役者さんたちにうまく溶け込み、作品のドキュメント性も増しました」
──音楽も沖縄にこだわっていますね。
北野「劇伴は岩崎太整さんにプロデュースをお願いし、主題歌を提供してくれた沖縄出身の人気ラッパーのAwichさんに地元のミュージシャンの方々を紹介してもらいました。皆さん、ほとんど劇伴制作の経験はありませんでしたが、結果的に大成功でしたね」
高江洲「Awichさんには、主題歌を書き下ろしていただきたいと思っていたんですけど、既に発表されている『TSUBASA feat. Yomi Jah』を聞いた野木さんや岩崎さんが、この曲以上に本作を現した楽曲はないということで、主題歌に起用させていただきました。結果は本編を見てもらえば分かると思いますが、とてつもなくマッチしていて、ドラマの世界観をさらに大きく広げてくれたと感じます。この上なく素晴らしい主題歌でした」
──ロケ地や映像でこだわった点も教えてください。
北野「美しい海や赤瓦屋根の家など、いかにも本土の人がイメージする沖縄らしい風景はあまり出てきません。舞台となった沖縄本島中部のリアルな風景にこだわりました。そうそう、高江洲さんのおばあさんのご自宅もロケに使わせてもらったんですよ(笑)」
高江洲「そうでした(笑)。実際に人が生活している場所を使ったほうが、より一層リアリティが増すという話になって」
北野「桜が経営するカフェバー『MOAI』は、コザの中央パークアベニューの空き店舗を借りて、美術さんに内装を作り込んでもらいました。ドラマの設定上の地理とバッチリ合った場所で空き店舗が見つかったのは本当に幸運でしたね。キーが滞在するマンションも普天間基地のすぐそばの場所をお借りできましたし、他にもたくさんのロケ場所をお貸しいただいて…。沖縄の皆さんには本当にお世話になりました。おかげで、本土復帰50年の沖縄のアーカイブにもなる映像が撮れました」
エンタメとしての「フェンス」を楽しんだ先に見えてくるもの
──最後に、この作品を通しての沖縄への想いをお聞かせください
高江洲「沖縄では、基地を含めさまざまな問題が今もそのままにされています。そこに生きる人々の考え方はさまざまで、意見の違いが分断を生むため、友人はもちろん家族の間でも本音を隠しながら生活している現実があります。沖縄に限ったことではないですが、社会問題の下には必ずそこに生きている人たちがいて、それぞれの葛藤を抱えています。まずは、こういった事実を知ってもらい、そういう人たちへ想いを馳せることが、社会問題を解決する大きな一歩だと信じています。そのためにも、ドラマというエンターテインメントに携わる者として、そのきっかけを提供できたら…。そういった想いでこの作品に向き合いました」
北野「沖縄では米軍関係者の犯罪や事故、騒音や環境汚染など、不平等な現実は今も続いています。沖縄の現状について、もっと真剣に考えるべきなのに、沖縄と本土の溝は埋まらず、次第に深くなっているようにすら感じます。さらには、本土復帰から50年が経過し、沖縄内部でも、世代間や地域間でこうした問題に対しての意識差が大きくなっているように感じます。この複雑な現実を多くの人に伝えるのがメディアの役割であり、この世界をより良い世界にしていく上で、ドラマというコンテンツには大きな可能性があると考えています。
日本ではエンタメで社会問題を扱うことを嫌う風潮があると感じていますが、海外ドラマのようにもっと社会性のあるドラマがあってもいいはずだし、ニュースにはできないドラマならではの役割もあるはず。『フェンス』のような作品を今後も作り続けていきたいと思っています」
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