吹替文化をつなぎ、新しいスタンダードを――担当者が明かす「吹替補完版」への想い《Vol.2》

 WOWOWが2013年にスタートさせた企画「吹替補完版」《Vol.1》では企画の成り立ちや吹替を“補完”する難しさを明かしてもらったが、《Vol.2》では「補完版」収録時の忘れられない思い出や、吹替をひとつの文化と捉えて次の世代に継承する大切さについて、同じく映画部・小野秀樹さんと冨永哲平さんに聞いた。

取材・文=村山章

収録に集まった伝説の声優たち

――「吹替補完版」の追加収録時のエピソードなどはありますか?

小野『ホーム・アローン』(’90)の場合だと、マコーレー・カルキンの声を矢島晶子さんが演じた吹替版が、伝説的に語り継がれていました。ただ1作目だけがノーカットで作られていて、『2』はカット版しかありませんでした。だからWOWOWで『1』と『2』を一挙放送する時には、すべてを矢島さんの声でやりたいという話になって、お願いしたんです。そうなると、20数年ぶりくらいで、スタジオに当時の声優さんたちが集結するわけです。ちょっとした同窓会みたいになっているのを横で見ていて、すごく楽しそうだなとうれしくなりましたね」

――「伝説のあの人たちが集結!」みたいな夢のような場面ですね。

小野「ほかにも『デンジャラス・ビューティー』(’00)では、主演のサンドラ・ブロックを、松本梨香さんが演じられていたんですが、2作目はカット版しかなく、ただソフト版だとノーカットのものがあるんですが、松本さんではなかったんですね。それをWOWOWで一挙放送することになった時に、1作目が松本さんで、2作目が別の方なのは観てくださるお客さまからすると、どうなんだろうと思いまして。声が一緒の方が作品に乗れるんじゃないかと思い、『デンジャラス・ビューティー2』(’05)で追加収録しました」

――冨永さんも、収録現場に立ち会われることはありますか?

冨永「自分が担当するようになったのが2020年の10、11月頃からで、コロナ禍という状況もあり、なるべく少人数での制作をということで、なかなか立ち会えなかったんですが、今年6月に放送する『告発の行方』(’88)と『危険な情事』(’87)の追加収録時に収録スケジュール表を見たら、そうそうたる声優の方々が並んでいて。でも、追加収録するのは一言だけだったりするんです。今では大御所の方も、当時は駆け出しだったりして、その歴史を感じることができて、恐れ多いような感覚で見ていましたね」

――『告発の行方』でジョディ・フォスターの声を演じた戸田恵子さんは、冨永さん世代にはアニメの声優さんというイメージでしょうか?

冨永「自分の世代だと、アニメのイメージが強いかもしれませんね。『告発の行方』の収録に立ち会うことができたんですが、収録の冒頭で小野健一さんがいらっしゃったんです。ジョディ・フォスターが同居している恋人の役で、本編の中ではそんなに大きい役ではなく、収録するのも1分くらいの会話だけだったんです。
 ただ小野さんは、当時、ご自身が演じられていたことをすごく覚えていらっしゃって。役柄はパンクっぽいファンキーなお兄ちゃんなんですけど、30年たった今でも本当に当時とほぼ変わらない、違いを聞き分けられないくらいの声でバンっと演技されたんです。ディレクターの方も『これは当時のまんまだね』と驚かれていました。
 実際、すぐにOKが出て10分くらいで帰られたんですけど、役の大小にかかわらず自分の演じ方を再現できるプロの実力を拝見することができて鳥肌が立ちましたね」

――ただ、再演する声優さんの年齢を考えると、このプロジェクトって続ければ続けるほど難しくなっていきそうですね。

小野「その通りです。それを実感したのが、アラン・ドロンなどの声を演じられていた野沢那智さんが亡くなられたことなんです。『バットマン リターンズ』(’92)で野沢さんはクリストファー・ウォーケンの声を演じられていたんですが、既に亡くなられていたので欠落部分を中村秀利さんにお願いしたんです。ところがその中村さんも2014年に亡くなってしまった。できる限りご本人にもう一度演じてほしいとは思っているんですが、それがどうしても難しくなってきますよね。
 悔いが残っているのは、大塚周夫さんがご存命だった時に、チャールズ・ブロンソンの作品を追加収録したいという気持ちがすごくあったんですが間に合わず…。唯一『テレフォン』(’77)だけが収録できたんです。
 『テレフォン』の時は本国から供給されるのがSD画質しかなかったんです。普段はWOWOWはHD素材での放送にこだわっているんですが、もしかしたらチャンスを失うんじゃないかと思って悩みながらも買い付けて、それが大塚さんと仕事ができた唯一の機会になりました」

――この企画のきっかけにもなったという『危険な情事』がついに6月に放送されますが、マイケル・ダグラス役の小川真司さんは亡くなられていますね。

冨永「そうなんです。小川真司さんの代役についてはすごく悩んだんですが、最終的には関智一さんにお願いさせていただきました。声質が似ているというわけではないんですけど、物まねではなくて、マイケル・ダグラスや小川さんのトーンは守りつつ、ご自身の表現でやっていただけるだろうと思ってお願いしました。
 やっぱりマイケル・ダグラスは小川さんのイメージが強いと思うので、声が変わったことに気付く方はいると思うんです。でも、そこは演技の違いも含めて、ただ補完するのではなく完成された一本のノーカット版として楽しんでいただきたいと思っています」

――グレン・クローズ役の沢田亜矢子さんは30数年ぶりに演じられたと思うんですが、いかがでしたか?

冨永「自分は収録には立ち会えなかったのですが、ディレクターの方に伺った話では、30年以上たっていても、当時のお人柄そのままで収録にいらっしゃったそうです。収録が終わった後にも、これからも吹替の仕事をやりたいから声を掛けてほしいとおっしゃっていたと聞きました。こちらからお願いしたお仕事ですが、声優さんの方からもやりたいと言っていただけるのは、とてもうれしいことだなと思います」

吹替の魅力を未来に伝えるミッション

――お2人が特に思い入れの深い作品があったら教えていただけますか?

小野「ひとつは『グーニーズ』(’85)ですね。TBSが放送したバージョンが”伝説の吹替版”と言われていて、キャストも本当にすばらしいんです。マイキー役が『キャッツ・アイ』(’83~’85)の藤田淑子さんで、ほかにも『機動戦士ガンダム』シリーズ(’79~)の古谷徹さんや『ドラゴンボール』シリーズ(’86~)の野沢雅子さんなど、そうそうたる方にご出演いただきました。ほとんどの方がまだご健在だったので、オリジナル・キャストでそのままいけたんです」

グーニーズ吹替声優集合写真
<上段左から:菅谷政子さん(故人)、藤田淑子さん(故人)、野沢雅子さん、古谷徹さん、下段左から:富沢美智恵さん、坂本千夏さん、岡本麻弥さん>

小野「皆さんが集まった時にも、あの時はこうして演じたよね、みたいなお話をされながら、当時とほとんど変わらない声で演じていただきました。日本の声優さんのすごみを思い知った場面でしたね」

冨永「僕はまだ担当させていただいている本数が少ないんですが、その中でもやっぱりアーノルド・シュワルツェネッガーの声は玄田哲章さんというイメージがすごくあったんです。6月にも放送する『ゴリラ』(’86)と『レッドブル』(’88)に追加収録をしたんですが、確か『ゴリラ』は銀河万丈さんもやられているんです。でも今回は、ほかのシュワルツェネッガーの作品も含めてすべて玄田さんでそろえようということになったんです」

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<玄田哲章さん>

冨永「すごくうれしかったのが、番組表をご覧になったお客さまからカスタマーセンターに、『今回はすべて玄田さんですね、補完してそろえていただいてうれしいです』とメッセージをいただいたことです。それがおひとりであっても、自分と同じような感覚を共有して、気付いていただくことができて、いい仕事だったなと思っています」

小野「WOWOWでは山寺宏一さんに『最新映画情報 週刊Hollywood Express』という番組でずっとお世話になっているんですが、実は吹替補完版を定期的にやるようになった最初の作品が、山寺さんが主人公の声を担当した『ヤング・シャーロック ピラミッドの謎』(’85)だったんです。
これは現場で知ったんですが、『ヤング・シャーロック~』は山寺さんが最初に主役を演じたすごく思い出深い作品だそうなんです。山寺さんにお話を伺ったら、『自分が昔演じた役って今ならもっとうまく演じられるのにと思うこともあるんだけど、ただ、これと同じテンションではもう二度と演じられないだろうな』とおっしゃったんですね。
 聞くと分かるんですけど、最初のオリジナルの吹替版では、若き日の山寺さんがすごく繊細に演じられているんです。まさに七色の声の持ち主である山寺さんでもそういうふうにおっしゃったことがすごく印象深かったですし、この企画を定期的に放送することになった最初の作品が『ヤング・シャーロック~』だったことも感慨深かったです」

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<山寺宏一さん>

――最後にお2人の「吹替版」へのこだわりを教えてください。

冨永「そうですね。今回取り上げていただいている『補完版』は、もともと地上波で作られた吹替版を補完しているわけですけど、それとは別に、WOWOWでは海外ドラマをコンスタントにやっていて吹替版も放送しているので、新しく吹替版を作るチャンスも多いんですね。80年代や90年代には吹替はひとつの文化を作っていたと思うんですが、映画だけじゃなく海外ドラマにおいても、日本だからこその文化としてWOWOWが先陣を切ってやっていくべきだし、自分もそういう仕事がしたいと思っています」

小野「WOWOWで放送する海外ドラマは、日本初登場のものが多いので、当然ながら私たちが吹替版を作るケースが多くて、それがその後も使用されていくんですね。だからこそ懐かしさだけじゃなく、今のお客さまに向けて、どういう吹替版が魅力的なものとして届くのかを考えてやっていかないといけないですよね」

冨永「あと、僕は中国ドラマも担当しているんですが、WOWOWではアジアドラマは基本的に字幕版で放送しています。でも、この企画に携わってからは中国ドラマも吹替版でやってみたら、また違う面白さがあるんじゃないかと思うようになったんです。お客さまからも、吹替版で観たいという声もいただいていますし、中国ドラマやアジア圏の作品は本当に面白いので、今後の野望としてはWOWOWの吹替版がドラマ全体のひとつのスタンダードになるようにしていきたいですね。
 『補完版』は当時を知っている人たちに満足していただいて、文化を守ることが一番大切だと思うんですけど、僕らのような若い世代にも、この文化の面白さに気付いてもらうきっかけになってほしいです。一方で新しいものには新しい魅力がありますし、吹替という文化全体を盛り上げることや、未来につないでいくのが大事なのかなと思っています」

村山章さんプロフ