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少年の「奇跡」の道のりにはSDGsの要素が凝縮されていた――実話に基づいた1本の映画に学ぶ

 SDGs(Sustainable Development Goals)とは、2015年9月の国連サミットにて全会一致で採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す17の国際目標。地球上の「誰一人取り残さない(Leave No One Behind)」ことを誓っています。
 フィクションであれ、ノンフィクションであれ、映画が持つ多様なテーマの中には、SDGsが掲げる目標と密接に関係するものも少なくありません。たとえ娯楽作品であっても、視点を少し変えてみるだけで、われわれは映画からさらに多くのことを学ぶことができるはず。
 フォトジャーナリストの安田菜津紀さんによる連載「観て、学ぶ。映画の中にあるSDGs」。映画をきっかけにSDGsを紹介していき、新たな映画体験を提案するエッセイです。

文=安田菜津紀 @NatsukiYasuda

今回取り上げるのは、『それでも夜は明ける』(’13)で第86回アカデミー賞主演男優賞候補になったキウェテル・イジョフォーの長編初監督作『風をつかまえた少年』(’19)。

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 干ばつに苦しむアフリカ・マラウイの村で、主人公ウィリアム(マクスウェル・シンバ)が直面した厳しい現状は、SDGsの「目標1:貧困をなくそう」「目標2:飢餓をゼロに」「目標4:質の高い教育をみんなに」「目標6:安全な水とトイレを世界中に」に通じる、根深い問題をはらんでいました。そして村が置かれている状況をさらに俯瞰して見てみると、問題解決には「目標10:人や国の不平等をなくそう」「目標16:平和と公正をすべての人に」も不可欠であることが見えてきます。

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(SDGsが掲げる17の目標)

『風をつかまえた少年』の主人公の真っすぐなまなざしは、あの友人の目と重なった

 初めてアフリカ大陸の地を踏んだのは、大学を卒業して間もない冬のことだった。訪れたのは「アフリカの真珠」とも呼ばれるほど美しい自然が広がる、アフリカ東部の国、ウガンダ共和国。緑が生い茂る農村部で、赤土のでこぼこ道を、ひたすら車に揺られ、各地を巡った。この国を取材するきっかけは、ひとりの友人との出会いだった。

 彼女は日本の団体の支援を受け、ウガンダから日本へと留学しに来た大学生だった。この国で猛威を振るい続けてきたエイズによって父を失い、母が深夜まで仕事を掛け持ちしながら彼女を育ててきた。当時の私といえば、大学の授業が休講になると、「やった、どこで遊ぼう?」としか考えないのんきな生活を送っていた。けれども彼女はそんな時、「せっかくの授業を休講にするなんて!」と憤る。軽々しい自分が恥ずかしくなった。そしてなぜ彼女が、ここまで必死で学びの道を進むのか、どうしても知りたくなって、故郷ウガンダまで赴いたのだ。

 映画『風をつかまえた少年』の主人公、ウィリアムの真っすぐなまなざしは、出身国は違っていても、あの友人の目と重なった。それは困難の中でもなお輝く、尊厳の光そのものだった。

 この映画は実在の少年のストーリーを描いたもので、舞台は最貧国のひとつとされるアフリカ南東の国、マラウイ共和国だ。当時14歳だったウィリアム一家の生活は、彼が宿題をするためのランプを灯す灯油代さえ乏しいほどだった。そこに大干ばつが追い打ちをかけ、学費の支払いが滞った。支払い能力でしか生徒を見ていないかのような校長が、容赦なくそんな生徒たちを教室から追いやる。やがて勉強どころではない事態にウィリアムたちは直面する。飢餓の脅威が人々に襲いかかったのだ。

 それでも、ウィリアムは絶望しなかった。学校を追われてもなお、こっそりと図書館に通った。そして、打ち捨てられていた廃材の中から部品を拾い集め、手製の風力発電装置を独学で完成させる。その電力を使って水をくみ上げ、乾き切り、ひび割れていた不毛の農地を潤した。彼のたゆまぬ努力と探究が、村の人々の命をつないだのだ。

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国家間の格差のしわ寄せが、脆弱な立場に生きる人々を追い詰めることがないように

 ウィリアムが歩んできた道のりは、SDGsの要素を凝縮したものだった。「目標4:質の高い教育をみんなに」の目標から、自身が弾かれてもなお、自ら得た知識を礎に、「目標6:安全な水とトイレを世界中に」の水をもたらし、農地を蘇らせることによって「目標1:貧困をなくそう」「目標2:飢餓をゼロに」につなげたのだ。ただ、この映画が描き出したのは、単に不可抗力の気候の変化や、ウィリアム個人の努力のすばらしさに留まらない。むしろ問題を、そこに矮小化してはならないのだと示していた。

 人々が貧困と飢えにあえぐ中、村を訪れた大統領を前に、族長は演説し、窮状を訴えた。ところがSPらしき黒ずくめの男たちによって袋叩きにされ、致命傷を負ってしまう。現場は、銃声とともに人々が逃げ惑う大混乱となった。騒動の後も、政府は食糧危機自体を否定し続けた。これが「民主主義」の国なのか、と村人たちはがくぜんとする。

 国際情勢も複雑に絡み合う。アメリカで起きた同時多発テロで、株価は暴落、マラウイの経済にも巡り巡って影を落とした。そんな窮状を見透かすかのように、目先の利益をちらつかせ、大規模農園を経営する企業が村人を搾取しようと巧みに近づく。果たしてこうした生々しい実情は、日本とは無関係の、海の向こうの出来事でしかないのだろうか。

 マラウイの隣国、モザンビークで、かつて日本政府は「プロサバンナ事業」を進めていた。正式名称は、「日本・ブラジル・モザンビーク三角協力による熱帯サバンナ農業開発プログラム」。日本とブラジルが共同で進めてきた、モザンビークの土地1,400万ヘクタールを対象とする大型農業開発事業で、JICA(独立行政法人国際協力機構)が立案、実施してきた。2011年から実に35億円超が費やされてきた。

 ところがこの計画に対して、現地の農民組織が来日し、日本政府に抗議する事態となった。この計画は、地元住民や小規模農家の意思を置き去りにしたまま進められていたのだ。さらには、これまでにもモザンビークで起きてきた、巨大企業による農民からの土地収奪の動きを加速させてしまうのではないか、という懸念を彼らは強く抱いていた。プロセスの不透明さ、地域の分断など、さまざまな問題が浮き彫りになった末、結局この計画は中止に追い込まれた。

日本は「大豆」などの穀物を輸入に頼っている。安定的な、そして安価な供給源確保を模索する中で、この「プロサバンナ事業」は進められてきた。あのまま無批判に計画が進んでいたならば、日本の食生活を支えるために、モザンビークの農地に生きてきた人々の生活を蔑ろにしてしまっていたかもしれない。

 この計画の顚末からも、この映画で見てきたように、国家間の格差のしわ寄せが、脆弱な立場に生きる人々を追い詰めることがないよう、「目標10:人や国の不平等をなくそう」という目標と改めて向き合いたい。そして、掲げられた「開発」が不公正なものとならないよう、「目標16:平和と公正をすべての人に」が守られる環境であらゆる計画が進められるべきだろう。

政府や企業、組織がSDGsのバッジを掲げていれば「社会にとっていいことをしている」と合点するのは早い。その掲げた目標に見合った実践をしているのか、むしろ真逆なことをしていながら、そのカラフルなバッジで覆い隠していないかを直視したい。「プロサバンナ事業」は人々の声が歯止めをかけた。SDGsの目標の達成に必要なのは、市民のそんな鋭いアンテナではないだろうか。

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安田さんプロフ

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クレジット:©2018 BOY WHO LTD / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE / PARTICIPANT MEDIA, LLC

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