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「第95回アカデミー賞授賞式」の案内役:ジョン・カビラにインタビュー! これまでの振り返りと、今回の授賞式の楽しみ方を存分に語ってもらった。

 日本時間3月13日(月)に開催される「第95回アカデミー賞授賞式」。WOWOWではこの式典の模様を現地と日本のスタジオから生中継。今回、16年連続で番組の案内役を務めるジョン・カビラにインタビューを敢行。これまでの振り返りと、今回の授賞式への期待、そして楽しみ方を存分に語ってもらった。
※本コラムは「月刊シネコンウォーカー」3月号掲載インタビューの完全版です。

取材・文=松崎健夫

—―カビラさんは2008年開催の第80回アカデミー賞授賞式から16年連続で案内役を務めてこられていますが、授賞式の生中継でこれだけは視聴者に伝えようと思っていることはありますか?

ジョン・カビラ(以下、カビラ)「視聴者の皆さんは同時通訳の方々の助けもあって、リアルタイムに生中継を楽しんでいらっしゃると思います。プレゼンターのちょっとひねりのあるコメントやダークなジョーク、パロディの元ネタが何であったか? といったものを拾わせていただいて、映画評論家の町山智浩さんとともに紹介しつつ、スタジオの皆さんと盛り上げるようにしています。
 前回あったウィル・スミスによる平手打ちは論外ですけど、第89回の授賞式で『ムーンライト』('16)の受賞を『ラ・ラ・ランド』('16)と間違えた前代未聞のミスのように、生中継では考えられないことが起こったりする。あってはならないことなのだけど、僕はひそかに期待していたりもするんですよね。そういったハプニング(サプライズ)も含めてライブエンターテインメントですから。受賞作品を間違えた時は、ヘッドセットを着けたステージ・プロデューサーが壇上に飛び込んできたので、プレゼンターだったウォーレン・ベイティのミスではないということが分かった。そういったことが起こったときの瞬発力、機動力、対応力という機転が問われますよね」

—―これまでの授賞式で、印象的だった場面を教えてください。

カビラ「クロエ・ジャオ監督の『ノマドランド』('21)で、フランシス・マクドーマンドが主演女優賞を受賞してステージに上がった時、彼女が『ウォーン!』と、オオカミの遠ぼえをしたんです。アメリカの荒野を旅するロードムービーだったので、その時は『オオカミの咆哮ほうこうを現場で聞いていたからなのかな』と思っていた。でも、実は“ウルフ”という名前のスタッフがいて、授賞式の前に亡くなっていたということが、後になって分かったんです。つまり、その方に対するトリビュートだった。授賞式ではいろんなことが起こるのですが、それにどういう意味があったのかということを、はんすうすることで知ることがあるんです。
 フランシス・マクドーマンドといえば、『スリー・ビルボード』('17)でも主演女優賞を受賞したスピーチの際、”Inclusion Rider“を求めようと最後に言ったのですが、僕らは生中継のときにそれを拾えなかった。”Inclusion“だから、内包的に多様性を担保しなければならないというイメージは分かっていたのですが、現地の一部プレスも”Inclusion Writer“と勘違いしていたくらいで。”Rider”というのは、契約の付帯条項のことで<包摂条項>とも訳されています。知らないこともたくさんあって、それは授賞式の後で紐解く楽しさにもなる。アメリカのショービジネスの現実や現状が垣間見えてくるんです。いろんな方々が、いろんな想いでスピーチをされていて、アカデミー賞はすごく奥の深いアワードですよね」

—―映画が社会の鏡になっているといわれているのと同様に、アカデミー賞での発言もそう見えるということですよね?

カビラ「そうですね。“Inclusion Rider”(※ここでは、映画製作におけるキャストやスタッフの性別・人種の比率が、撮影場所の人口統計と一致すべきだとする考え方のこと)という言葉を調べていくと、ハリウッドの現状がいろいろ見えてくる。例えば、発案者のひとりである南カリフォルニア大学のステイシー・L・スミス准教授(当時)は、ある年にアメリカで公開された興行成績上位100本を調査。せりふのある黒人やアフリカ系アメリカ人の女性がひとりも登場しない映画が48本もあったというデータを示しているんです。映画のデータを紐解いて、どれだけハリウッドが白人男性に偏っているのかということを解き明かしている。そういった問題をあぶり出す研究者がいて、そういった研究に呼応するフランシス・マクドーマンドのようなオスカー女優がいる。そのことが、アワードショー自体にも表われているんですよね。本当に面白いと思います」

—―2016年の第88回アカデミー賞では、アフリカ系アメリカ人の俳優が演技部門にひとりもノミネートされていないことから“白過ぎるオスカー”の問題が起こりました。当時の映画芸術科学アカデミーの会長だったシェリル・ブーン・アイザックス(※アフリカ系アメリカ人として初、女性としては3人目の会長だった)はA2020委員会を設立して、会員の比率などを是正しようと試みたという経緯があります。近年、その多様性の姿勢は徐々に変わってきているように思えるのですが、カビラさんはどのように思われますか?

カビラ「変わってきていると思いますね。例えば、第74回アカデミー賞で『チョコレート』('01)のハリー・ベリーが、アフリカ系アメリカ人として初めて主演女優賞を受賞した時の涙ながらのスピーチ。同じ年に『トレーニング・デイ』('01)のデンゼル・ワシントンが、初めて主演男優賞を受賞した際、(黒人として初めて主演男優賞に輝いた)シドニー・ポワチエにオマージュをささげた場面。本当に社会の鏡なのだなと思いました。エンターテインメントだから、楽しませてさえくれればいいのだという発想は、どこにもないですよね。
 今回の授賞式でプロデューサーを務めるグレン・ウェイスとリッキー・カーシュナーは、お互いの受賞歴を合わせるとエミー賞を20数回取っているというテレビ界の重鎮。2人は、ホワイト・チェリー・エンターテインメントを設立して、民主党の党大会の演出もしています。オバマ大統領と大統領夫人が踊った大統領就任舞踏会で『こんなガラのような舞踏会をやるんだ!』と思っていたら、それをプロデュースしていたのも今回のお2人なんです。ハリウッドがリベラルであるということはこういったスタッフからも明白。そういったところも、僕らも理解しておいた方がいいですよね」

—―一方で、ミュージカルをベースにしながらショーにしていくなど、エンターテインメントの要素が多く盛り込まれた面白さも授賞式にはありますよね。

カビラ「その王道は変わらないと思います。オープニングトークでつかみながら、全体のトーンをそこで定義するという形式。前回はエイミー・シューマー、レジーナ・ホール、ワンダ・サイクス、3人の女性が司会を担いましたが、いきなりオープニングトークで『私たち3人のギャラより、ひとりの白人男性のギャラが高いから、私たちが採用された』と、厳しい言葉を披露していて(笑)。ああいったところで、自虐ネタも入れるんですよね。
 日本の授賞式ではありえないことですけど、候補に漏れてしまった人たちや作品の名前を、あえて出したりもします。前回は、名誉賞を受賞したサミュエル・L・ジャクソンに対して『ロマンティック・コメディとかミュージカルは、まだやっていないよね』といじったり。
 授賞式のライターさんは、日本でいう放送作家さんに当たるチームでスクリプト・ライティングをされているので、練りに練られていますよね。クリス・ロックが司会をやった時は、完璧にやりたいが故にロサンゼルスのコメディクラブを借りて、授賞式で使うジョークを試していたそうです。
 『あれほどハードルが高くて、リターンが少ない仕事はない。何をやっても批判される』と言った過去の司会者もいるらしいですから。今回は5年ぶりにコメディアンのジミー・キンメルが司会に帰ってくるので、どんなジョークを放つのか期待しています。確か彼が初めて司会をした時に、ハリー王子とメーガン妃が王室を離脱するかしないかという騒ぎになっていて。『アカデミー賞の緊張感ってたまらないよね、まるでバッキンガム宮殿にハリーとメーガンが来た時くらいの緊張感』に類するようなジョークを一発かまして(笑)。今回は、ハリー&メーガン夫妻が本を出しているタイミングなので、ジミー・キンメルは必ず彼らを料理すると勝手に期待しています(笑)」

—―いじられた側のスターも、映像を見るとまんざらではない感じがしますよね。

カビラ「当然、その姿がカメラで抜かれていることも彼らは分かっている。素の反応でありつつ、演じているという、プロフェッショナルの火花が散るような以心伝心のキャッチボールがありますよね」

—―これまでの授賞式で、カビラさんにとって印象的だったスピーチはありますか?

カビラ「やはり、フランシス・マクドーマンド、かな。彼女は第90回の『スリー・ビルボード』で主演女優賞を受賞した時、受け取ったオスカー像をいきなり床に置いてスピーチをするんですよ! それで、候補になった女性たちをお互いにたたえようと言ったんです。まずは、目の前の席にいたメリル・ストリープに声をかけて、『あなたが立ってくれたら、みんなが立ってくれるから』と、席から立ち上がることを促した。2人の関係性が分かるだけでなく、メリル・ストリープがどれだけリスペクトされているのかも分かる。存在と関係性の証しみたいなものが生中継の授賞式で展開したことに、僕は感動しました。
 それから、第70回で『タイタニック』('97)のジェームズ・キャメロン監督が受賞した時、興奮のあまり『アイ・アム・キング・オブ・ザ・ワールド!』と映画の中でレオナルド・ディカプリオが叫んだせりふを言って、会場が一瞬凍り付いた(笑)」

第90回でのフランシス・マクドーマンドの受賞スピーチ(写真:AP/アフロ)

—―はしゃいでしまうくらい、うれしかったということですよね。メリル・ストリープは『マーガレット・サッチャー/鉄の女の涙』(’11)で2度目の主演女優賞に輝いた際、(主演と助演を合わせると)『ソフィーの選択』('82)で受賞してから12回もノミネートされているけれど、逆に言うと12回も取れなかったってことなんだと自虐ネタにしていて。スターはずっと評価されたいという欲があるのだと改めて思ったことがありました。

カビラ「演技もそうですけど、作品に恵まれないと絶対に取れない。自分の演技で作品の力を証明したいというくらい、自分が信じて出演する作品には強い思い入れがあるんだなと僕は捉えました。あそこまで信じて、作品と向き合って演技をしているんだと。スピーチの中では『はいはい、分かっていますよ、またメリルだと思ってるんでしょ』みたいな自虐ネタもありましたが、それを言える人って彼女しかいないですよね(笑)」

—―受賞者が発表される瞬間は、候補者の顔がマルチで見られるよう画面が分割されますが、それぞれのリアクションがあってヒリヒリすることがありますよね。

カビラ「そうですね。垣間見られる想いと、後は発表された瞬間にお互いをたたえ合うというリスペクト。その瞬間に訪れる胸中は、どんな想いなのだろうと思うけれど、察することさえできないですよね。人間の喜びの感情と落胆、それを僕らはずっと見ることができる。例えば、ワールドカップでメッシがカップを掲げた時の感動にもものすごいものがありますけど、アカデミー賞のように、落胆と歓喜と尊敬、その3つの感情が瞬間的に渦となる表情が見られるというのは希少だと思います」

—―たたえ合っていることというのは、前年度に亡くなった映画人を毎回振り返るメモリアルの場面にも表われていると思います。

カビラ「著名なスターが亡くなったことを紹介するのはもちろんなのですが、撮影だったり、編集だったり、衣装だったり、あまり報道されない方々の功績もしっかり押さえている。彼らは、映画を作るために必要不可欠な仕事を長年やってきた方々。そこにリスペクトを感じますよね。なかなか表舞台に出ることのない皆さんが、しっかりたたえられるのは本当に素晴らしいことだと思います。授賞式が終わった後には、『こんな映画人がいたんだ』とか『こんな名作の裏方に携わっていたんだ』とはんすうすることができますよね」

—―昨年は千葉真一さんが故人のひとりとして紹介されていたことも印象的で、「こんなに知られていたんだ」という驚きもありました。アカデミー賞というものが、映画ファンや映画評論家が投票するのではなく、映画産業に携わる監督や俳優、脚本家や撮影者などが投票している点も重要ですよね。

カビラ「そうですよね。現地のハリウッドでの評価は知る由がないので。そこもまた、新たな気づきの機会になりますよね。まさに、“たたえ合う場”なんです。アカデミー賞に対しては、“賞レース”という表現をしがちですけど、どちらかというと各分野でいい仕事をしている映画人をたたえ合う場になっていますよね」

—―パフォーマンスも見どころの一つだと思います。グラミー賞常連のレディ・ガガやビヨンセら音楽界のスーパースターたちが、アカデミー賞でパフォーマンスをする際には、やや緊張しているように見えるのも興味深い点です。

カビラ「ビリー・アイリッシュもそうでしたよね(笑)。まず、アワードとしての歴史が30年違いますから、少しアウェー感があるのかもしれません。でも、彼らにはオスカーのステージに立っているという充実感・達成感があると思いますよ。日本だとレコード大賞とか紅白歌合戦になるのかな? そういうステージに立てるということは、キャリアの中で非常に大きなポイントなのだと思います」

—―最近のパフォーマンスだと、第87回で『サウンド・オブ・ミュージック』(’65)のメドレーをレディ・ガガが歌唱していたのが素晴らしかったです。

カビラ「レディ・ガガといえば、『アリー/スター誕生』(’18)で歌曲賞を受賞した『シャロウ』をブラッドリー・クーパーとデュエットしていたのも秀逸でしたね。後は、コモンとジョン・レジェンドが『グローリー/明日への行進』(’14)の主題歌『グローリー』を歌ったのは泣けました。圧巻のパフォーマンスでしたね。今回は『RRR』(’22)のダンス場面を再現できるのでしょうか? そこは楽しみです」

第91回でのレディ・ガガとブラッドリー・クーパーのパフォーマンス(写真:ロイター/アフロ)

—―今回の注目作品はいかがですか?

カビラ「『トップガン マーヴェリック』」(’22)に関しては、前職のCBSソニーでの思い出がありまして。『トップガン』(’86)が公開された36年前は、レコード会社の現役会社員だったんです。当時、サウンドトラックとしてはぶっちぎりナンバーワンのセールスでした。ロギンス&メッシーナを知らない人でも、ケニー・ロギンスの『デンジャーゾーン』は知っている。爆発的ヒットというのは、こういうことなんだと思いました。そういうことを思い出しながら『トップガン マーヴェリック』を観て、あの年齢で、あのGフォースの中で撮影して、若手を引っ張っているトム・クルーズの偉大さ。もう奇跡ですよ! こういう、アート作品ではない、どちらかというとポピュラー・カルチャー寄りのブロックバスター映画がアカデミー賞で候補になることは、とてもうれしいです」

【出典】
TED 「ハリウッドに潜む性差別のデータ」 
https://www.ted.com/talks/stacy_smith_the_data_behind_hollywood_s_sexism?language=ja

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