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綾野剛が『カラオケ行こ!』の“歌がうまくなりたいヤクザ”役で魅せた「スマートな違和感」を紐解く

映画ライターSYOさんによる連載「 #やさしい映画論 」。SYOさんならではの「優しい」目線で誰が読んでも心地よい「易しい」コラム。今回は和山やまの同名漫画を山下敦弘監督が映画化した『カラオケ行こ!』(’24)で、歌がうまくなりたいヤクザ、成田狂児を演じた綾野剛が導き出した「実写化と映画化の違い」ついて解説していきます。

文=SYO @SyoCinema

 2024年も、綾野剛の快進撃が止まらない。
花腐し』(’23)での激賞、Netflixシリーズ「幽☆遊☆白書」(’23)の衝撃が冷めやらぬまま、今年1月に映画『カラオケ行こ!』が劇場公開し、スマッシュヒットを記録。Netflixシリーズ「地面師たち」(’24)では豊川悦司とW主演を務め、『ラストマイル』(8月23日(金)公開)、『まる』(10月公開)、『本心』(11月8日(金)公開)と新作映画が多数待機中。いずれも話題作であり、彼の演技はもとより作品を引き寄せる力には、日々驚かされるばかりだ。

 少し個人的な話をすると――『ヤクザと家族 The Family』(’21)の縁で、彼とはイベントや取材などで継続的に言葉を交わす機会に恵まれてきた。Netflixシリーズ「新聞記者」(’22)の取材の合間に聞いた話や、直近だと「第2回東京インディペンデント映画祭」の審査員でご一緒し、選考会で彼が語っていた言葉――そのすべてが示唆に富み、「なんて深くまで思考を潜らせているのだろう」と毎度感嘆させられてしまう。

 そうした意味では、前々回の横浜流星と同様に、僕がフラットな立場で俳優・綾野剛について語ることはできないかもしれない。『カラオケ行こ!』『本心』ではオフィシャルライターを務めているし……。だが逆に、この立場を“利用”した文章も、それはそれで特異で面白いのではないか。そう言い聞かせて、以降の文章を紡いでいこうと思う(本当は「綾野さん」と書きたいのだが敬称略でご了承いただきたい)。

 あれは『カラオケ行こ!』での公式インタビューのときのこと。複数の媒体に原稿を書き下ろすため、数時間かけて綾野に話を伺うことになったのだが、原作者・和山やまのファンでもある彼は、これまでの豊富な経験から導き出した「実写化と映画化の違い」について語ってくれたのだ。

 ここからは個人的な解釈も含むが、綾野が定義する“実写化”とは原作をなるべくそのまま写し取るもの。そのため「原作再現度」が一つの指標になる。対して“映画化”とは、原作の精神性はくみつつも「映画としての文脈・正解」を目指すものとなる。『ヘルタースケルター』(’12)、『るろうに剣心』(’12)、『闇金ウシジマくん Part2』(’14)、『ルパン三世』(’14)、『新宿スワン』(’15)、『亜人』(’17)など、漫画原作モノに多数出演してきた綾野がたどり着いたであろう言語化に、僕は感銘を受けてしまった。

 その観点で『カラオケ行こ!』を観てみると、みごとに綾野が語った言葉の裏付けになっている。原作漫画の良さは生かしつつも、“肉体化”の側面が強く出ているのだ。山下敦弘監督の特徴である「間」は前面に押し出されているし、歌うヤクザたちのキャスティングと選曲、脚本家の野木亜紀子が書き加えた「町・存在・文化といった消えてゆくものたちの哀しみ」――綾野演じる成田狂児のビジュアルにしても、原作と映画では異なっている。

 かつ、「歌がうまくなりたくないヤクザと中学校合唱部の悩める部長」のズレた会話を成立させるため、綾野は相手役・齋藤潤との掛け合いをあえて「成立しないように」調整している。これは相当高度なテクニックで、長回しの中で明確にボケるわけでも滑るわけでもなく、ただただ別世界の住人によるかみ合わないいびつさを「どう見えるか」まで計算して提示しているのだ。しかも、そこに違和感を覚えるのは齋藤扮する中学合唱部の部長、岡聡実の役割であり、狂児役の綾野においては意に介さない“ように見せる”必要があるわけで――。

 観ている側からすると特異なシチュエーションと会話の凸凹具合に笑わされてしまうのだが、プレーヤーからすると難易度は高レベル。しかもそこに関西弁という要素も加わるわけで、綾野でなければこの「スマートな違和感」を成立させられなかったに違いない。

 かつ、こうした“異物感”を綾野剛という俳優が本来持っており、どの作品でも出てしまう――という性質的なものではないことは、彼の作品をこれまで観てきた方々ならご存知の通り。

 かつてTVドラマ「Mother」(’10)で見せる「葛藤なく虐待をする男」から『シャニダールの花』(’13)、『そこのみにて光輝く』(’14)、『リップヴァンウィンクルの花嫁』(’16)のように、ようとして知れない雰囲気を放つ人々、正義感が暴走していく『日本で一番悪い奴ら』(’16)などから、『怒り』(’16)、『影裏』(’20)のようにしっとりと哀愁を漂わせる人物、先に述べた「実写化」の範疇はんちゅうになるキャラクターまで、自在に泳いできた。

 1度目は純粋に楽しんで、2度目以降は「スマートな違和感」を成立させてしまうほど洗練された綾野剛の“技術”に注目しながら、『カラオケ行こ!』を楽しんでいただきたい。

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