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わからなくても自由に感じればいい― 芸術を知らない僕の魂を揺さぶった衝撃の66分【#エンタメ視聴体験記/中山功太】

 お笑い芸人の中山功太さんが、WOWOWの多岐にわたるジャンルの中から、今見たい作品を見て“視聴体験”を綴る、読んで楽しい新感覚のコラム連載企画「#エンタメ視聴体験記 ~中山功太 meets WOWOW~」
 今回は、演劇、ダンス、音楽、美術、映像、建築など異なるジャンルで活躍するメンバーで結成されたアーティストグループ、ダムタイプが1992年に行なったパフォーマンスダムタイプ pHを見た体験を中山さんならではの視点で綴ります。

文=中山功太

 一般的に十二分に大人である44歳になったが、今の今まで芸術という物に能動的に触れた事がなかった。

 音楽を聴くのは大好きだが、古いパンクやロックが多い。
 古いパンクやロックの人達は、きっと芸術扱いされる事が嫌いだろう。

 映画は芸術だろうか? 芸術的な映画は沢山あるだろう。
 しかし「これはアートだ」と大風呂敷を広げて柿ピーだけ包んで縛った様なオシャレ映画に興味はない。

 今回取り扱う作品「ダムタイプ pH」は今までこのコラムの為に視聴した作品の中で一番衝撃的で、一番難解で、紛れもなく芸術そのものだった。

 存じ上げなかったのだが、ダムタイプとは、京都市立芸術大学の学生を中心に1984年に結成されたアーティストグループ、だそうだ。

 「ダムタイプ pH」の作品紹介を見てみると、タイトルは化学用語の水素イオン濃度指数に由来していて、二項対立の図式にそって(問い/答え、事実/虚構、公/私、現実/非現実など)13のpHase(フェーズ)から構成されている。
と記されていた。

 全くわからない。

 「pHase」の表記にタイトルのpHを取り入れていて格好良いという事だけはわかった。
 そして視聴した今、この作品が、紛れもなく芸術作品である事もわかった。
 本作がどれぐらい衝撃的だったかを13のフェーズから構成して、ここに記したい。

pHase 1「白ブリ」

 本作の初っ端の衝撃と言えば、やはり主演のピーター・ゴライトリーさんの白ブリーフ一丁での登場だろう。
 前衛的な音楽と舞台演出に合わせて、白ブリ筋肉質の外国人が這いずりに這いずる。
 何か異質な物を見せられている感覚と同時に、期待や不安などが一気に込み上げてくる。

pHase 2「3人の女性がカッコいい」

 序盤から登場する3人の女性出演者は、白のワンピースを身にまとい、無機質に何かを演じている。
 三者三様のヘアスタイルだが、特に自我がない役柄にも見える。
 この方々のダンスともアクロバットとも取れる演技が、物凄くカッコいい。
 白のワンピースといい白ブリといい、1992年の作品なのに全く古さを感じさせないのは、ダムタイプの計算尽くだったのではと思わされる。
 音楽も一般的に流行り廃りが激しいと言われている電子音楽がメインだが、古さを感じるものが一切なかった。

 普遍的な物を作ろうと思って実際に作る事は本当に難しい。
 尚且つダムタイプは当時の「前衛的」な物を作っていたのだから頭が上がらない。

pHase 3「セリフゼロ」

 早い段階で気付く事だが、本作にはセリフがない。
 音楽と照明と数少ない小道具だけで全てを表現している。
 その分、演者の皆様のアクションは派手で大きい。
 これで66分魅せ続けるというのは正気の沙汰ではない。
 が、事実、僕は一瞬も飽きなかった。
 66分魅せ続けさせられた。

 僕には絶対にできない。

 例えば僕が単独ライブで66分一切喋らず、はにかんだり、たまに動いたりしたら、普通に「金返せ」だ。
 才能のある人達が本気で作れば、こんな事も可能なのだと思い知らされた。

pHase 4「動くバーが危ない」

 序盤から舞台上方を前後に移動し続ける2本のバーが、寝転んだり座ったりしている演者の頭上をすり抜けていく。
 便宜上バーと記したが、機械的で近未来的なデザインが格好良い低めの壁だ。
 このバーが本当に危ない。
 まあまあのスピードで迫ってくるが、演者の皆様は紙一重で避けていく。
 マリオの強制スクロールステージの様な難関を、生身の人間が全て突破していく。
 どれほどの身体能力と稽古量なのだろうと感動させられた。

 一度、寝転んだ演者がわざとバーに靴を当てて落とすシーンがあるが、なかなかのスピードと硬さである事がひしひしと伝わる。
 この装置が本作において、終始緊張感を与えてくれる重要なアイテムとして機能している。

photo by ShiroTakatani

pHase 5「テニスボールも危ない」

 本作では要所要所で、舞台上にテニスボールが置かれている。
 硬式テニスで使用される、あの黄色いボールがだ。
 硬式テニス経験者の僕からすると、あれを踏むのは非常に危ない。
 ただでさえ2本のバーが動き続けている中、容赦なく演者の足元に転がってくる。
 何を意味するかはわからないが、蛍光の黄色なので物凄く目立つ。
 観客に「踏んだら靭帯切れそう」という不安感を与えるのにうってつけのアイテムだ。
 このテニスボールもまた、本作に終始漂う緊迫感をより強調している。

pHase 6「チラッと映る英語にメチャクチャ意味がある」

 作中、舞台上に照明装置で何度か英語の文字を照射するシーンがある。
 セリフがない本作において、非常に意味を持って感じさせられるし、実際に物凄く意味がある。
 偶然かも知れないが、難しい英単語は出てこない為、中高生でもわかる様に作られている。
 いや、芸術を知らない僕に、芸術とは何かを教えてくれたダムタイプの事だ。万人に観せる為、そこまで計算して作っているのではとさえ考えさせられる。

pHase 7「机から落ちてまた登るシーン怖い」

 3人の女性出演者が机から落ちて、また登ってを戦車のキャタピラの様な動きで繰り返すシーンがあるのだが、何故だか凄く恐怖を感じた。

 人間が機械的な動きを機械の様に繰り返す様が怖かった。
決して共感からくる恐怖ではない。
 それが本当に凄い。

 共感からでなく人に恐怖を与える事がいかに難しいか、怪談をやらせてもらっているので少しは知っているつもりだ。恐怖を感じることもまた感動なので、芸術によって明確に心を動かされたのだと気付いた。

pHase 8「ブタのぬいぐるみ可愛い」

 後半、舞台上に大量のブタのぬいぐるみが登場する。
 20センチぐらいだと思われるが、恐らくゼンマイ仕掛けでチョコヘコと歩いている。
 これが可愛い。

 なんじゃその感想?と思われるかも知れないが、序盤から張り詰めていた空気が一瞬だけ和らぐ、唯一の救いの様に感じられた。

 ただし、そのブタたちも直後、無慈悲にショッピングカートのカゴに投げ込まれていく事になる。

photo by KazuoFukunaga

pHase 9「白ブリ アゲイン」

 中盤に服を着ていた主演のピーター・ゴライトリーさんが、後半、再び白ブリで登場する。

 その時、自分が無意識のうちに白ブリを求めていたと気付いた。

 登場時の衝撃を再度味わえると共に、物語が最初に戻ったのではないかと考えさせられる。
 物語が最初に戻ったかどうかは、ネタバレ防止などではなく、僕には本当にわからない。

 だがわからなくていい。

 本作は紛れも無い芸術作品なのだから、何かを感じればそれでいい。
 解釈は観た人の数だけあっていい。

pHase 10「どんな人が作ったか知りたい」

 芸術とは自由に感じる物だと教えてくれたダムタイプ。
 視聴している最中に最早、ファンになった事に気付いた。

 そんな折、WOWOWオンデマンドで「ダムタイプ高谷史郎 自然とテクノロジーのはざま」というドキュメンタリーが配信中であると知った。

 当然、こんな凄まじい作品を作る人がどんな人なのか知りたいし、少しでも勉強したいと思った。
 こちらも必ず視聴する。

pHase 11「これをこの時 生で観たかった」

 人は感動するとここまで来るのか。
 芸術の「ゅ」の字も知らなかった男が。

 土台無理な願いだが、本作を、現場で、生で観たかった。
 それぐらい価値がある作品だし、当時の観客の反応も見てみたかった。 

 きっと度肝を抜かれた事だろうし、僕の度肝も抜いて欲しい。

pHase 12 「歌うんかえ」

 ダークで閉塞感があり、セリフが無い序盤の熱演に引き込まれていると、中盤、普通に歌を歌いだす。

 どんな人物が歌うかは観ていただくとして、勝手に無声劇だと思い込んでいたから度肝を抜かれた。

 「無声劇だと思い込ませよう」というダムタイプの術中にまんまとハマったのかも知れない。

 序盤のシリアスさを覆すかの様な安心も覚える一方で、歌唱曲のバックには一貫して電子音が流れており、この作品が地続きである事を強く印象付けられる。

pHase 13「喋るんかえ」

 個人的にはこのシーンが一番ビックリした。ダムタイプの才能で脳が揺れるほど殴られた気がしたし、ゲラゲラ声を出して笑った。本作のどのフェーズかは伏せるが、今までのフェーズが全てこの為のフリだったのでは?とまで思わされた。

 喋るタイミングも、喋る人選も、喋る内容も、全てが完璧だった。

 皆様にどうしてもこのシーンを観ていただきたい。

 お笑いにおける「緊張と緩和」とはまた違う、予想だにしない裏切りを体験する事になるだろう。

 また、喋る内容は、単体で聞くと単なる思い出話に聞こえるかも知れないが、作品全体を通して観ると非常にテーマに即している、重要なメッセージである。

 以上、13のpHaseに分けて、本作の衝撃をここに記した。

 芸術とは何かは僕にはまだわからないが、芸術とは感じる物であると教えてもらった。

 何かを感じると人は感化される。

 深く感化されると人は心酔する。

 僕は最早、ダムタイプに心酔しているのかも知れない。

 何せ、pHaseの表記も平然とパクっているのだから。

「ダムタイプ pH」を今すぐ視聴するならコチラ!

おわりに・・・

 今回取り上げることはありませんでしたが、中山さんが気になった作品を中山さんならではの視点でご紹介します。

「BBC Earth アニマル・ベビー~野生の成長物語~」
 猫が何よりも好きなので、サムネを見て即視聴させていただいた。
 トラの赤ちゃんはキュン死に必至だが、他の赤ちゃんも充分キュン死にできる。
 「なんでこんなに可愛いのかよ」と大泉逸郎さんの「孫」の一節が頭に流れた。

「BBC Earth アニマル・ベビー~野生の成長物語~」を今すぐ視聴するならコチラ!

『貞子』
 
映画『リング』は怖くて本当に大好きで何度も観たが『貞子』は観た事がなかったので、この度視聴させていただいた。
 腑抜けた感想だが、ちゃんと怖くて面白かった。
 貞子というキャラクターがホラーのみならず、ある種のポップ・アイコンとして確立された中、ちゃんと怖くて面白い物を作る事が本当に凄い。
 中田秀夫監督は、人を怖がらせるのが上手いのは勿論の事、怖がらない人を減らす為のパターンの豊富さが秀逸だと思う。

『貞子』を今すぐ視聴するならコチラ!

「ダムタイプ高谷史郎 自然とテクノロジーのはざま」
 無論、観させていただいた。
 "ダムタイプ"創設メンバーの高谷史郎さんや、ダムタイプの作品「TIME」で音楽を手掛けた坂本龍一さんのインタビューを収めたドキュメンタリー作品。
 高谷さんは「ダムタイプの人はこんな人だったらいいのにな」のど真ん中の方で、ハンサムで、オシャレで、言葉が美しかった。
 嫉妬する気も起きないほど格好良い人だ。
 
「ダムタイプ高谷史郎 自然とテクノロジーのはざま」を今すぐ視聴するならコチラ!

合わせて読みたい! お笑い芸人のぼる塾・酒寄希望さんによる「#エンタメ視聴体験記 ~酒寄希望 meets WOWOW~」のコラムはこちら

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クレジット(トップ画像):「ダムタイプ pH」:photo by KazuoFukunaga

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