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鈴木亮平と宮沢氷魚の疑いようのない“運命”を『エゴイスト』の中に見る

映画ライターSYOさんによる連載「 #やさしい映画論 」。SYOさんならではの「優しい」目線で誰が読んでも心地よい「易しい」コラム。今回は『エゴイスト』(’23)で惹かれ合う2人を演じた鈴木亮平宮沢氷魚が、どれだけ“役を生きている”のかを解説していきます。

文=SYO @SyoCinema

 「ニコイチ」という言葉がある。
 二つで一つ、ワンセットという意味だが、心に残る映画には多くの場合「この2人しか考えられなかった」というキャスティングと芝居の妙が掛け合わさった「ニコイチ」が存在する。

 それがラブストーリーならなおさらだろう。クサい言葉を使ってしまい少々恥ずかしいが……恋愛ごとには少なからず“運命”というものが作用していて、運命の意味は「目に見えない力で決定づけられている」であり、そう信じる自己暗示も相まって心酔・夢見心地などが生まれるものだ。

 こと映画においては、演者はもちろん観客がそう思えないといけないわけで、「この2人の共演は運命……」と“トゥンク(恋愛漫画で胸が高鳴るときの擬音)”できるかどうかは極めて重要だ。その点、『エゴイスト』鈴木亮平宮沢氷魚は“運命”を疑いようがない。

 ファッション誌の編集者として働く浩輔(鈴木亮平)は、ある日出会ったパーソナルトレーナーの龍太(宮沢氷魚)に惹かれていく。シングルマザーの母・妙子(阿川佐和子)を支えるために身を粉にして働きながら、純粋無垢むくであり続ける龍太と、そんな彼を支えたいと手を差し伸べる浩輔。その愛は周囲に伝播し、2人に幸福な時間が生まれていくが――。

 『エゴイスト』は“ある事件”を境に前半と後半の物語のトーンが変わる構成になっており、幸福と喪失の両側面から愛について――献身とエゴが交ざった愛の本質を見つめていく。

 個人的な話になるが、劇場公開(2023年2月)をさかのぼること数カ月前――僕はとある人物に「観てほしい」と呼び出され、まだ何の情報も発表されていないタイミングで関係者試写に参加した。当然、前知識はゼロで観たのだが――いまだにあの日の帰り道を覚えている。「素晴らしい映画を観た」と余韻に浸りながら駅まで歩くあの夜を……。それが『エゴイスト』だった。

 本作は多数の映画賞に受賞・ノミネートを果たしているが、自称・いち古参ファンからすると当然の結果と感じている。真の意味の“優しさ”に満ちた物語であり、今後の日本映画にくさびを打つような作品であり、何より鈴木亮平と宮沢氷魚が抜群に“役を生きている”。2人の俳優のパフォーマンスがすばらしいと感じる一方で、脳が「いや、浩輔と龍太だよ?」とバグを起こしてしまいそうになるレベルの完成度だ。そして、それ以上に言いようがない。

 本連載「#やさしい映画論」は、出演者にフォーカスして語る企画だ。そのため本来であれば、鈴木と宮沢の過去の出演作品を並べ、それぞれの演技の特色を自分なりに言語化した上で「本作での演技がどうすごいのか」を語るべきなのだが――。それがなんだか無粋にさえ感じている。

 『エゴイスト』を語る上で、鈴木亮平と宮沢氷魚を読者や観客に意識させることに加担していいのか? というためらい……。裏返せば、両者がそれほどまでの“役の生きざま”を僕の心に刻んでしまったということだ。初観賞時から1年以上経過してもこの鮮度を保っていることを含めて、敬服しきりだ。

 ただ、さすがにそれでは今回のコラム自体が本末転倒なものになってしまうという物書きの意地…あるいは“責任”みたいなものもあるため、「なぜその領域まで行けたのか?」を公開時に宮沢氷魚さんにインタビューした際の記憶も含めて少し紹介したいと思う。

 実は本作、いわゆるスタンダードな商業映画の作り方とはかなり異なっていた。まず「台本にないアドリブが大半」であり、「松永大司監督の独自演出」が鈴木と宮沢の演技に大きな影響を与えたという。役作りとしての準備(トレーナーの所作の訓練など)はお互い行なった上で、まず臨んだのがリハーサル。といっても台本に書かれている内容を反復練習するのではなく、松永監督から渡されたメモに沿った即興芝居(それぞれには違う指示が書かれている)を行ない、それをドキュメンタリータッチで撮影していたとのこと。

 カメラがどう動くか分からない環境で、ゼロから浩輔や龍太として“作る”演技を行なっていたことで、撮影本番時にはナチュラルな演技――素の反応に近いものが生まれたという。

 撮影本番の前にアドリブを行ない、それをカメラに収めていったというのも驚きだが、撮影時にも宮沢に内緒で鈴木に指示を行なったり、その逆もあったそう。例えば、龍太が浩輔を呼び止めるシーンの撮影では「浩輔さん」ではなく「亮平さん」と呼び掛けることで鈴木のリアルなリアクションを引き出したのだとか。

 こうした舞台裏を聞くにつけ、『エゴイスト』は「ニコイチ」ではなく松永監督も含めた「サンコイチ」、いやそうした現場を成立させた全員の努力の結晶と考えると、もう適した言葉はなく――ただただ“運命”と思わずにはいられない。

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クレジット:© 2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会

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