長年アカデミー賞の行方を追い続ける“オスカーウォッチャー”Ms.メラニーが提案! 異例尽くしのアカデミー賞を100倍楽しむ!
いよいよ3月28日(日本時間)に開催予定の「第94回アカデミー賞授賞式」。今回は、この授賞式の見どころを、長くアカデミー賞を追い続け、「なぜオスカーはおもしろいのか? 受賞予想で100倍楽しむ『アカデミー賞』」の著者でもあるMs.メラニーさんが解説します。
文=Ms.メラニー @mel_a_nie_oscar
今年のオスカーは面白い。何が面白いかって、まず濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』(’21)が、「作品賞」「監督賞」「脚色賞」「国際長編映画賞(旧・外国語映画賞)」の4部門にノミネートされ、国際長編映画賞に至っては、ノミネーションの段階からフロントランナーであることで、日本人にとっては他のどの年とも違う興奮がある。
オスカーの国際長編映画賞ノミネートは、そう簡単に叶うものではない。2000年以降で考えると、邦画でこの賞にノミネートされた作品は『万引き家族』('18)、『おくりびと』('08)、『たそがれ清兵衛』('02)の3作品であり、そのうち受賞したのは『おくりびと』のみである。監督賞でノミネートされた日本人、ということを考えると、アカデミー賞の歴史においても、黒澤明と勅使河原宏の2人のみで、この賞のノミネートがいかにすごいことかがよく分かる。さらに最高賞である作品賞、作品賞受賞の肝である脚色(脚本)賞のノミネートに至っては、邦画では初の快挙であり、この4賞に同時にノミネートされる日本映画が登場する日が来るとは、私は想像したこともなかった。それが今年、実現してしまったのである。授賞式当日が待ちきれないと思うのは日本人として当然のことだろう。
この快挙を可能にした重要な要素として、アカデミー協会の国際化がある。『ドライブ・マイ・カー』が海外の人にも評価される素晴らしい映画であることは言うまでもないのだが、外国語作品が主要な賞に絡むのは、ここ数年の顕著な特徴でもある。昨年の第93回では『アナザーラウンド』(’20)のトマス・ヴィンターベア監督が監督賞にノミネート、その前の第92回では『パラサイト 半地下の家族』(’19)が非英語作品として初めて作品賞を受賞し、歴史をつくっている。
さらに第91回でも、メキシコ・アメリカ合作映画『ROMA/ローマ』(’18)が最多ノミネートの大本命として授賞式に臨んだ。これらはすべて、2012年くらいから急ピッチで進められたアカデミー会員の多様化によるところが大きく、現時点で投票権を持つ約9,500人のアカデミー会員のうち、30%近くがインターナショナルの会員になったことに起因している。これにより、アメリカ映画業界の一部エリートが選ぶ賞であったアカデミー賞はもっと幅広い業界人の賞となり、ノミネーション内容も受賞結果も今までの保守的な結果ではなく、『ムーンライト』('16)や『スポットライト 世紀のスクープ』('15)といった作品が受賞するようになってきたのである。
ここで一つ、“オスカー予想屋”という肩書で活動させていただいている私が困るのは、この会員と審査の多様化により、昔に比べて予想がはるかに難しくなってしまったところだ。以前であれば、たとえノミネートされたとしても「非英語作品だから」という理由で候補から最初に除外していた作品が、今では現実として受賞するからである。従来私が予想のよりどころにしてきた統計学のメソッドは役に立たなくなり、今や予想の大半が“勘”である。
とは言いつつも、「強い作品」「弱い作品」の判断基準など、以前から変わらぬ手法で予想できる部分もまだまだある。ノミネート数が多い作品、主要部門にノミネートされている作品が、他の作品より一歩リードしていることは変わらない事実で、その点において今年一番「強い作品」は『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(’21)である。作家性の高い芸術的なドラマでありながら、技術系の部門までくまなくさらったこの作品は、他を寄せ付けぬ12ノミネートで明らかなフロントランナーだ。
作品賞受賞において、「主要部門にノミネートされている」ことは基本的に必要不可欠な要素だが、この場合の「主要部門」とは「監督」「俳優」「脚本」「編集」を意味する。今年の作品賞ノミネート10本のうち、これらすべてのカテゴリーにおいてノミネートを達成しているのも、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』1本のみであることを鑑みると、他のどの作品が作品賞を獲ったとしても、番狂わせと言わざるを得ない。それでは作品賞は『パワー・オブ・ザ・ドッグ』で決まりなのか、と言うとそう言い切れないところに今年のオスカーのもう一つの面白さがある。それは、この作品の製作、配給が配信会社Netflixである事実が、アカデミー賞においては非常に大きな意味を持つからである。
配信会社製作の作品がアカデミー賞に絡み始めたのはごく最近なので、当然のことかもしれないが、配信会社の作品が作品賞を受賞したことはアカデミー賞の歴史において未だない。業界のリーダーであるNetflixが作品賞に一番近づいたのは、2018年度の『ROMA/ローマ』で、業界からの絶賛を独り占めにしていたこの作品ですら、最終的には受賞を逃し、その年の作品賞は賛否両論あった『グリーンブック』(’18)となった。『ROMA/ローマ』はモノクロ作品で芸術性が高く、一般受けする王道タイプの作品ではなかった上、何よりも作品賞受賞の前例がない外国語映画だったので、当時は「仕方がない」と受け取られたものであった。
しかしその翌年、あっさりと『パラサイト 半地下の家族』が作品賞を含む4部門を受賞したことで、その定説は覆され、3年経った今、『ROMA/ローマ』のケースを見返してみると、「配信会社製作の作品だったから」ということ以外、この作品が作品賞を逃した理由が見当たらないように思える。そんな配信会社とハリウッド映画業界の関係は、この3年で進化を遂げていることも事実で、今年はいよいよNetflixの作品が作品賞を獲ることができるか、が注目のポイントになっている。
『ドライブ・マイ・カー』の活躍と、Netflix作品の健闘は見どころであるが、今年はそれがなかったとしても、良作が粒ぞろいで楽しい年である。作品賞にノミネートされた10本はどれをとっても名作ぞろいだが、その中には『ウエスト・サイド・ストーリー』(’21)のスティーヴン・スピルバーグという大監督から、『コーダ あいのうた』(’21)のシアン・ヘダーや濱口竜介といったニューフェイスまで、幅広い監督作品がそろっている。
32年ぶりのケネス・ブラナーの監督賞ノミネートや、28年ぶりのスピルバーグとジェーン・カンピオン対決(※)など、昔からオスカーを見続けている者にとっては懐かしく、うれしい楽しみもある。60年前に『ウエスト・サイド物語』('61)で受賞したアニータ役での助演女優賞を、今年同じ役でアリアナ・デボーズが受賞すれば歴史を打ち立てることになるし、彼女は黒人ラティーナとしても初受賞になる。
見どころ満載の今年の授賞式、“オミクロン再発でオンラインになりました”という展開にだけはならぬよう、今から祈りたい。
(※)1993年に『ピアノ・レッスン』(’93)で、ジェーン・カンピオン監督の史上初の女性監督賞受賞を阻んだのが、『シンドラーのリスト』(’93)のスティーヴン・スピルバーグ監督
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クレジット:Getty Images