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【驚きのビフォー&アフター】歴代受賞作に見るアカデミー賞「メイク・ヘアスタイリング賞」

 いよいよ3月28日(日本時間)に開催予定の「第94回アカデミー賞授賞式」。今回は、アカデミー賞全23部門の中から「メイク・ヘアスタイリング賞」にフォーカスを当てたコラムをお届け。アパレル業界から映画ライターに転身し、『オードリーに学ぶおしゃれ練習帳』などの著作を持つ清藤秀人さんに、歴代の受賞作品について、その驚きのビフォー&アフターをご紹介いただきました。

文=清藤秀人 @hidetokiyotoh

「メイク・ヘアスタイリング賞」のはじまり

 アカデミー賞全23部門の中でも「メイク・ヘアスタイリング賞」は比較的後発である。特殊メイクのパイオニアである『ラオ博士の7つの顔』('64)と『猿の惑星』('68)には、当時部門の設定がなく「名誉賞」という賞が贈呈されているのが象徴的だ。

 「メイクアップ賞」が設けられたのは1982年開催の第54回。創設に至ったのは、前年の『エレファント・マン』('80)の特殊メイクに対する賞が不在なことに、アカデミー会員から異議が出たからだと言われている。長年、この分野に対する映画業界の意識がいかに低かったかが窺えるエピソードだ。

 そして第85回以降、「ヘアスタイリング賞」が併設されたが、その前からノミネート作品がゼロだったり、数が増減したりして不安定な時代が続き、現在は5作品のノミネートで一応定着している。しかし、映画ファンにとってこんなに楽しい部門はない。そこで、歴代の受賞作の中から印象的なメイクアップ&ヘアスタイリングだった作品の“ビフォー&アフター”をピックアップしてみた。

第41回(名誉賞)『猿の惑星』('68)/ロディ・マクドウォール(コーネリアス役)

猿の惑星

 劇中に登場する猿たちの表情には、当時も今も、強烈なリアリティを感じるファンは多いだろう。それは、第二次世界大戦に医療技術者として従軍したメイクアップ・アーティストのジョン・チェンバースが、傷ついた兵士たちの外見を修復するために磨いた技術を投入しているからだ。
 チェンバースはロサンゼルス動物園にたびたび出向いて習得した猿の表情を俳優たちのメイクに生かしたが、俳優の演技がそれをサポート。コーネリアス役のロディ・マクドウォールはチックや目の瞬きでメイクが仮面っぽくならないよう意識したと語っている。

第66回『ミセス・ダウト』('93)/ロビン・ウィリアムズ(ダニエル役、ミセス・ダウトファイアー役)

ミセス・ダウト

 ロビン・ウィリアムズを“ミセス・ダウト”に変身させるために施したラテックス製のマスクは、(見かけ上は)一応1枚になっているが、実際には合計8枚のパーツに分かれており、すべてが完成するまでには毎回4時間かかったとか。あえて1枚にしたのは、レストランでの早替わりシーンで着脱しやすくするためだった(この手法は『トッツィー』('82)のダスティン・ホフマンの時にも使われている)。
 そして、ウィリアムズはホフマンがやったように、特殊メイクのまま米・サンフランシスコの街を歩き回り、その完成度を試したという。

第71回『エリザベス』('98)/ケイト・ブランシェット(エリザベス1世役)

エリザベス

 『ヴィクトリア女王 世紀の愛』('09)や『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』('18)で知られるメイクアップ・アーティストでヘアデザイナーでもあるジェニー・シャーコアが考案したメイクは画期的だった。特に、シャーコアがケイト・ブランシェットの頭に被せたハート型のウィッグはエリザベス1世時代のトレンドだが、それに現代的な解釈を加え、大きな金属の飾りと、生え際に縮毛を施したアイデアが秀逸だった。それは、『エリザベス』以前の映画に登場したエリザベス1世のイメージを完全に覆すもので、すでにこの世にはいない人物を斬新によみがえらせたという意味で、この分野における時代劇メイク&ヘアの方向性を変えることになった。

第75回『フリーダ』('02)/サルマ・ハエック(フリーダ・カーロ役)

フリーダ

 メキシコの現代絵画を代表する画家にして民族芸術の第一人者であるフリーダ・カーロと、演じるサルマ・ハエックの顔は、確かによく似ている。しかし、メイクアップ・アーティストのジョン・E・ジャクソンとベアトリス・デ・アルバは、フリーダのトレードマークである“1本眉”をハエックの眉間に入れることで、さらに2人の距離感を縮めることに成功している、たった1本の眉毛で。過去、何時間もかけて行なわれた特殊メイクに革命をもたらしたという意味で、本作をこのコラムに組み込むべきだと考えた。

第90回『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』('17)/ゲイリー・オールドマン(ウィンストン・チャーチル役:主演男優賞も受賞)

ウインストンチャーチル

 カズ・ヒロがゲイリー・オールドマンをチャーチルに変身させるために目指したのは「断じてゴムマスク男にはしない」ということ。当初はチャーチルとオールドマンの間に生まれたゴムとプラスティックでできた赤ん坊のようだったというが、やがて特殊メイクと非特殊メイクのハイブリッドによる、きちんとチャーチルで、きちんとオールドマンに見える完成形へと到達する。
 特に、まなざしにオールドマンを残したことが両者のオスカー受賞につながったのだと思う。カズ・ヒロはその後、『スキャンダル』('19)ではシャーリーズ・セロンのまぶたを厚くしてキャスターのメーガン・ケリーに寄せるという、よりシンプルで高等なテクニックを発見してオスカーを再度受賞(第92回)。この分野の第一人者へと躍り出る。

カズ・ヒロ

(写真左:カズ・ヒロ)

第94回ノミネート『ハウス・オブ・グッチ』('21)/ジャレッド・レト(パオロ・グッチ役)

ハウス・オブ・グッチ

 自ら監督のリドリー・スコットにアプローチをかけてパオロ・グッチ役をゲットしたジャレッド・レトは、役づくりのために6時間の特殊メイクを提案し、小太りで頭髪がはげ上がった姿でセットに登場。実物のパオロ・グッチを知っているスタッフを驚愕きょうがくさせたというから、さぞかし愉快だったことだろう。
 レトのメイクを担当した『ボーダー 二つの世界』('18)で知られるヨーラン・ルンドストレームは、撮影中のレトが分厚いメイクに拘束されるのではなく、実に自由に動き回っていたことに感銘を受けたと述懐している。

 さて今年の第94回では、同じく実物に似せた『タミー・フェイの瞳』('21)や、一方で空想の世界をヘアメイクで表現した『DUNE/デューン 砂の惑星』('21)が候補に挙がっている。今後の動向を見守りつつ、発表を楽しみに待ちたい。

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清藤秀人さんプロフ

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クレジット
ロディ・マクドウォール:Getty Images 『猿の惑星』:写真/アフロ
『ミセス・ダウト』:写真/アフロ ケイト・ブランシェット:Getty Images 『エリザベス』:© 1998 Universal Studios - All Rights Reserved
サルマ・ハエック:Getty Images 『フリーダ』:写真/アフロ
ゲイリー・オールドマン:Getty Images 『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』:写真/アフロ カズ・ヒロ:提供/ED/JL/A.M.P.A.S/Camera Press/アフロ ジャレッド・レト:Getty Images 『ハウス・オブ・グッチ』:写真/アフロ