授賞式目前! “オスカーウォッチャー”Ms.メラニーに聞く第95回アカデミー賞の注目ポイント
文=Ms.メラニー @mel_a_nie_oscar
今年のオスカーで、ここ数年との違いを挙げるとすると、一番大きいのはやはり、配信会社の作品が影を潜めていることでしょう。2022年はコロナの波が落ち着き、本格的に映画館が再始動した年でした。その中でも一番の功労者は『トップガン マーヴェリック』('22)です。(以降、今回のノミネート作品の製作年はすべて'22)。
この作品は、コロナ後なかなか劇場に戻らなかった中高年の観客を呼び戻すことに成功し、公開と同時に1億ドル(※1)を超える興収を上げて、映画館に活気を取り戻しました。その後全米興収は7億ドル、世界興収は14億ドルを超え、世界は改めて、トム・クルーズの偉大さを知らされることになったのですが、いわゆる娯楽超大作であり、続編のこの作品が作品賞にノミネートされたことは、今回のオスカーの特筆すべき点です。
本作のプロデューサー、ジェリー・ブラッカイマーは『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズ('03~'17)、『アルマゲドン』('98)といった大ヒット作を作り続けてきた人物ですが、今回がプロデューサーとして初めての作品賞ノミネートです。80年代後半から2000年代後半にかけて、オスカーと娯楽大作はかけ離れた存在でした。娯楽作品でも芸術性が高い作品がノミネートされる枠を作るために、作品賞は5本から10本に増えたわけですが、今回『トップガン~』と『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』がともにノミネートされたことで、この施策は正しかったと初めて感じることができました。
ブラッカイマーの映画業界における功績を考えると、今までノミネートされたことがないのを不思議に感じる人は多いと思いますが、プロデューサーや監督、俳優でも、大物であればあるほどオスカーに縁がない、というのはよくあることです。過去に3回ノミネートを受けているトム・クルーズが最後にノミネートされたのは23年前のことですし、受賞の経験はありません。2人とも、最終的には名誉賞を渡されそうな存在ですが、今年の作品賞で彼らが受賞することになったら、オスカーの歴史が変わります。
今年の特徴として、初ノミネートが多いことも挙げられます。主演男優賞の5人は全員初ノミネートですが、私が見てきた30数年のオスカーにおいて、一つの主演俳優カテゴリーの全員が初ノミネートだったことは、おそらく初めてです。
オースティン・バトラー(『エルヴィス』)、ポール・メスカル(『aftersun/アフターサン』)は初めてでもおかしくない若さですが、コリン・ファレル(『イニシェリン島の精霊』)、ビル・ナイ(『生きる LIVING』)においては、今までノミネートされてこなかったのが不思議なくらい、キャリアも実力も兼ね備えた俳優で、この2人を応援する会員は多いのではないでしょうか。
また、今回のノミネート作品『ザ・ホエール』で劇的なカムバックを遂げたブレンダン・フレイザーの演技は絶賛を浴びており、ここまでの賞レースで受賞した際のスピーチも感動的なので、かなりの有力候補だと思います。全員が初ノミネートの主演男優部門は、誰が受賞しても感激のスピーチが聞けるのではないかと、今から期待しています。
劇的なカムバックといえば、助演男優賞ノミネートのキー・ホイ・クァン以上に劇的なカムバック・ストーリーはありません。『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』('84)でスティーヴン・スピルバーグ監督に見いだされ、『グーニーズ』('85)で一躍スター子役になった彼は、10代後半から20代にかけて、ハリウッドではアジア人俳優には需要がない事実を突き付けられます。その後も彼の演じる役はない、という事実が変わることはなく、20代後半、彼は俳優の道を諦めて映画の製作側の仕事に就きました。
そんな彼は『クレイジー・リッチ!』('18)を見た時に、やっとアジア人にチャンスが与えられる時代になったと感じ、もう一度俳優業にチャレンジする決心をします。そして50歳でオーディションを受け勝ち取った役柄が、今回の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』での主人公の夫役です。
実際に映画の中の彼の演技は素晴らしく、主演のミシェル・ヨーと同様にドラマからアクション、コメディまで、一つの作品の中でコロコロ変化する役柄を見事に演じています。前哨戦を勝ち続けている勢いこのまま、オスカーも彼にいくといいなと思います。
助演男優賞に対し、まったく行方が分からないのが助演女優賞です。前哨戦ではアンジェラ・バセットの受賞が目立ちますが、彼女がノミネートされている作品『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』は、他の部門でのノミネートが少なく、他の4人の出演作に比べると、作品自体が弱いです。と言いつつ、作品の力が一番強い『エブリシング~』からはジェイミー・リー・カーティスとステファニー・シューの2人がノミネートされており、票が割れる可能性もありますし、舞台出身のケリー・コンドン(『イニシェリン島~』)は知名度が他の女優に比べ、高くありません。バセットは2回目のノミネート、他の4人は初ノミネートと、条件もあまり変わりません。このカテゴリーの行く末は、授賞式ギリギリまで見守りたいと思います。(※2)
俳優部門の最後、主演女優賞はズバリ、ケイト・ブランシェット(『TAR/ター』)とミシェル・ヨーの一騎打ちになると予想します。2人の演技は、それぞれに全然違うすごさがあり、作品を背負っている度合いもお互いに引けを取りません。
最初から最後まで出ずっぱりで作品を引っ張っている主演女優としては、『トゥ・レスリー(原題)』のアンドレア・ライズボローもすごいのですが、いかんせん作品が小さく、ノミネーションがこの1部門だけと考えると、受賞の可能性は低いと思います。
アジア人女性初の主演女優賞を60歳で受賞する可能性に期待が集まるミシェル・ヨーと、メリル・ストリープを継ぐ実力者(と私は思っている)ケイト・ブランシェットの3度目の受賞は、どちらも注目に値するでしょう。(※3)
最後に、作品賞、監督賞に関して少しだけ触れると、今年は有力作品がすべて、オリジナル脚本によるものである、というところが素晴らしい反面、作品賞の“白人化”が著しい年だと感じています。
有力作品がオリジナル脚本、というのは、オスカーには脚本賞と脚色賞があるのですが、脚本は書き下ろしのオリジナル・ストーリーを対象にしたもの、脚色は原作が別にあるものを意味し、今年監督賞に選ばれている作品は5本とも、脚本賞と一致することを指しています(※4)。しかもこの脚本は監督自らによって書かれていることにより、人物としても監督賞ノミネートと脚本賞ノミネートがすべて合致します(『フェイブルマンズ』だけは共同脚本で+トニー・クシュナー)。
そしてこの5本に関しては、『エブリシング~』を除いて4本とも、主人公が白人の作品です。中でも『逆転のトライアングル』以外の3作品には、ほとんど白人しか登場しません。作品賞ノミネート10本に広げて見ても、『ウーマン・トーキング 私たちの選択』『西部戦線異状なし』は白人のみ、『エルヴィス』は黒人文化の影響が描かれているものの、時代背景的に白人の周りには白人しかいないシーンが多いですし、一番混ざっている『トップガン~』も主要人物はほとんど白人です。『アバター~』は青くて人種が分かりません。ノミネート発表前には有力といわれていた『ザ・ウーマン・キング(原題)』『ティル(原題)』『NOPE/ノープ』はどのカテゴリーにも入らず、ここ10年間で少しずつ変わってきたハリウッドの多様化が、いきなり20年前に戻ってしまったような感じもします。
ただ、去年までの数年間のノミネーション作品に比べ、今年の10本は秀作、佳作が多く、劇場映画が帰ってきた、という感慨もあります。最終的な結果がどう出るか、ポストコロナの授賞式がどんな内容になるのか、今から楽しみにしたいと思います。
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クレジット(トップ画像) 写真:AFP/アフロ